早稲田大学石田研究室


建設作業現場におけるリスク知覚に関する研究
中村愛


1.はじめに
 建設業における労働災害は,1961年をピークに長期的に減少してきてはいるが,近年は横ばいの状態が続いている.労働災害による死亡者数は全産業の中で建設業の占める割合が最も高く,2006年度は全産業のうち約35%にあたる508人が死亡している1).  
建設分野におけるリスク知覚の研究はまだあまり行われていない.高齢者と若年者のリスク知覚を比較した研究2)では,建設作業場面におけるリスク知覚は年齢による差はなく,作業内容についての知識や経験に影響されると報告されているが,この実験は被験者が全員建設作業未経験者であるため,結果は実際の建設作業者のリスク知覚と異なる可能性がある. 

2.目的
 建設作業者を対象とし,建設作業場面における@ハザード知覚(何を危険と捉え,どのような事故が起きると予測するか,危険をいくつ発見するか),Aリスク知覚(作業現場をどれ位危険に感じるか),B対処行動(危険に対して何か対処をするか),C伝達行動(危険を誰かに伝えるか)を明らかにし,これらに影響する項目について作業者の特性を中心に分析することを目的とする.検討する作業者の特性は,年齢,経験年数,職位,作業関連度(提示場面のような状況でどれくらい作業したことがあるか)とした.

3.手順
 実験は,建設作業に従事する男性26名(平均38.5歳,SD=11.60)を対象に行った.
手順は,フェースシートに記入後,建設作業場面の静止画像を被験者の前方に設置したスクリーンに20秒間投影し,投影後に提示場面について表1に示す項目を質問し,口頭で回答を求めた.提示場面は全6場面で,表2に示した内容であった.次に,提示した6場面の各危険度についてヴィジュアルアナログスケールに記入させた.実験後に謝礼として被験者に7,800円を支払った.

4.結果と考察
 ハザード知覚,リスク知覚,対処行動,伝達行動に関連のある項目にそれぞれ○をつけて表3にまとめた.ハザード知覚
全被験者の,何を危険と捉え(ハザード認知),どのような事故が起きるか(発生事象)についての回答を集計した結果は,多くの被験者が同じハザードと発生
  
事象を回答した場面,同じハザードに対して発生事象が異なる場面,ハザード内容にばらつきがある場面に分かれた.例えば,場面Cは多くの被験者がハザードに「マンホールの穴」「作業現場が暗い」,発生事象に「マンホールに落ちる」を挙げた.場面Bは多くの被験者がハザードに「脚立」を挙げたが,発生事象は「脚立に激突」と「脚立から落下」に回答が分かれた.場面Fはハザードに「手すり」「階段が狭い」「足場の重なり」など回答が分かれ(図1参照),故に発生事象も被験者によって内容が異なっていた.


次に,発見したハザードの数(ハザード発見数)と被験者の特性に関連があるか調べるために,ハザード発見数について,年齢,経験年数,作業関連度は相関分析を行い,職位は職長と作業員間でt検定を行った.分析の結果,ハザード発見数と年齢,経験年数,作業関連度,職位,はほとんど関連がなかった.但し,経験年数に関しては,被験者から「建設作業に従事し始めて2,3ヶ月すれば危ない箇所が分かるようになる」という意見が聞かれたが,本実験の被験者は最も経験の浅い者でも経験年数は3年あり,建設作業未経験者や経験の浅い者を対象に実験を行った場合には異なる結果が得られる可能性がある.
リスク知覚
 提示場面の状況をどのくらい危険に感じるか(危険度評価)についてビジュアルアナログスケールを用いて測定した.提示場面ごとに被験者の危険度評価の平均と標準偏差を求めた結果は図2の通りである.

次に,危険度評価と被験者の特性に関連があるか調べるために,危険度について,年齢,経験年数,作業関連度は相関分析を行い,職位は職長と作業員間でt検定を行った.分析の結果,危険度評価と年齢,経験年数,作業関連度,職位は全く関連がなかった.作業関連度に関しては,作業内容に関する知識や経験がリスク知覚に影響するという先行研究の結果と異なる結果になり,建設作業経験者は未経験者と違って作業知識や経験に左右されずにリスク知覚を行うと考えられる.
 次に,危険度評価とハザード発見数,ケガの重大度,事故頻度に関連があるか調べるために,危険度について,それぞれ相関分析を行った.ケガの重大度は,提示場面について「事故が起きた場合にどのようなケガをすると思うか」と質問し,回答内容を実験者が4段階(ケガなし,軽症,重症,死亡)に分類した.事故頻度は,提示場面について「事故はどのくらい起きると思うか」と7段階評価で質問した.分析の結果,ハザード発見数は6場面中2場面(場面B:相関係数0.462,p<.05 場面F:相関係数0.494,p<.05),ケガの重大度は6場面中5場面(場面A:相関係数0.407,p<.05 場面B:相関係数0.524,p<.01 場面D:相関係数0.477,p<.05 場面E:相関係数0.646,p<.01 場面F:相関係数0.577,p<.01),事故頻度は6場面全て(場面A:相関係数0.644,p<.01 場面B:相関係数0.815,p<.01 場面C:相関係数0.636,p<.01 場面D:相関係数0.790,p<.01 場面E:相関係数0.547,p<.01 場面F:相関係数0.674,p<.01)で危険度評価と関連が見られた.ハザード発見数に関して関連があった場面は,ハザードを多く発見するほど危険度評価が高くなった.ケガ重大度に関して関連があった場面は,ケガの重大度を高く評価するほど危険度評価が高くなった.事故頻度に関しては全場面で特に強い相関が見られ,事故の頻度を多く予想するほど危険度評価が高くなった.危険度は事故の重大度と事故頻度の比率によって求められるといわれているが3),本実験では危険度評価に最も影響のある項目は事故頻度であった.また,危険度評価には複数の項目要素が影響しているが,それらのうちのいずれかの評価が間違っていると危険度評価も変わってくる可能性がある.

対処行動
対処行動は,各被験者が発見したハザードに対処するか質問し,提示場面ごとに対処すると回答した被験者と対処しないと回答した被験者の人数を集計した(図3参照).また,対処すると回答した場合にはその対処内容を,対処しないと回答した場合にはその理由を質問した.その結果,全提示場面において半分以上の被験者が対処すると回答した.対処する場合の対処内容は,同じ対処内容が多く挙げられた場面,同じハザードに対しても対処内容が異なる場面など,提示場面によって対処内容の傾向に違いがあった.また,「ダンボールをどかす」「脚立を水平にする」「コードをはじに寄せる」など,その場で簡単にできる対処内容が多く挙げられたことから,建設作業現場では,作業者が危険に気づいたときには,まずそれを簡単に回避してから作業を行う作業者が多いと考えられる.


 次に,対処すると回答した被験者と対処しないと回答した被験者の特性に違いがあるか調べるために,対処すると回答した被験者と対処しないと回答した被験者の年齢,経験年数,作業関連度についてt検定を行い,職位は職長と作業員間でフィッシャーの正確確率検定を行った.分析の結果,年齢,経験年数,作業関連度,職位は全て有意な差が見られなかった.よって,対処するかどうかの判断は属性に影響されないと分かった.
次に,提示場面におけるハザード発見数や危険度評価が対処するかどうかの判断に影響するか調べるために,対処すると回答した被験者と対処しないと回答した被験者のハザード発見数と危険度についてそれぞれt検定を行った.分析の結果,ハザード発見数と危険度は,対処すると回答した被験者と対処しないと回答した被験者間でほとんど有意な差が見られず,ハザード発見数や危険度評価は対処するかどうかの判断に影響しないと明らかになった.

伝達行動
 伝達行動は, 提示場面において各被験者が発見したハザードについて,それを誰かに伝達するか質問し,提示場面ごとに伝達すると回答した被験者と伝達しないと回答した被験者の人数を集計した(図4参照).また,伝達すると回答した場合は誰にいつ伝達するか,伝達しないと回答した場合はその理由を質問した.その結果,約半分の被験者が伝達しないと回答した場面があった.伝達しない理由としては「自分で対処するから」が多く挙げられたが,提示場面の危険度を高く評価しているにも関わらず,「よくある状況だから」「自分に関係ないから」という理由で伝達しないと回答した被験者がいたことは注目すべき点である.伝達する場合には,全提示場面で「監督に伝える」が最も多く挙げられ,いつ伝えるかについては誰に伝えるかによって回答が分かれた.


次に,伝達すると回答した被験者と伝達しないと回答した被験者の特性に違いがあるか調べるために,伝達すると回答した被験者と伝達しないと回答した被験者の年齢,経験年数,作業関連度についてt検定を行い,職位は職長と作業員間でフィッシャーの正確確率検定を行った.分析の結果,作業関連度に関しては有意な差は見られなかったが,年齢が6場面中2場面(場面A:両側検定:t(21)=2.437,p<.05 場面D:両側検定:t(23)=2.314,p<.05),経験年数が6場面中2場面(場面A:両側検定:t(21)=2.521,p<.05 場面D:両側検定:t(23)=2.273,p<.05),職位が6場面中1場面(場面E:両側検定:p=0.005)で有意な差が見られた.年齢と経験年数に関して有意差が見られた場面は,伝達すると回答した被験者の方が伝達しないと回答した被験者の年齢及び経験年数の平均より高かった.職位に関しては,職位の高い職長の方が職位の低い作業員より伝達行動を行う作業者が多いと分かった.
次に,提示場面におけるハザード発見数や危険度評価が伝達するかどうかの判断に影響するか調べるために,伝達すると回答した被験者と伝達しないと回答した被験者のハザード発見数と危険度についてそれぞれt検定を行った.分析の結果,ハザード発見数は,伝達すると回答した被験者と伝達しないと回答した被験者間で有意な差が見られなかったが,危険度は6場面中4場面で有意な差が見られ(場面B:両側検定:t(23)=2.259,p<.05  場面C:両側検定:t(24)=2.432,p<.05 場面D:両側検定:t(23)=2.962,p<.05 場面F:両側検定:t(18)=2.222,p<.05),伝達すると回答した被験者の方が伝達しないと回答した被験者の危険度の平均より高かった.よって,危険度は伝達するかどうかの判断に影響があると考えられるが,危険度はハザード発見数やケガの重大度,事故頻度の評価が影響する場合があり,危険度が毎回正しく評価されているとは限らない.そのため,危険度評価によって伝達するか伝達しないか判断されていることは問題である.
対処行動と伝達行動の比較
対処行動の有無と伝達行動の有無に違いがあるか調べるために,「対処する:対処しない」の比率と「伝達する:伝達しない」の比率についてフィッシャーの正確確率検定を行った.分析の結果,6場面中3場面で人数の偏りに有意な差が見られ(場面B:両側検定: p=0.019 場面C:両側検定:p=0.016 場面E:両側検定:p=0.022),提示場面の危険度を高く評価した場合は,対処より伝達する被験者の方が多く,提示場面の危険度を低く評価した場合は,対処するが伝達しないと回答した被験者が多かった.
 表3の通り,対処行動と伝達行動で違いは行動するかどうかの判断に影響を及ぼすと考えられる項目の数
である.伝達行動は対処行動よりも多くの項目の影響を受けていると分かる.このことから,対処行動は作業者の特性に関係なく行動するかどうかの判断がとられるが,伝達行動は作業者の特性や危険度,作業の経験や知識の影響を受けやすいと考えられる.これは,被験者の現場に対する感想をまとめると,対処行動は周りの作業者が関わらなくても自分1人で行動を起こせる場合が多いのに対し,伝達行動は「他の作業者に伝える」という物理的状況から,自分の仕事の忙しさによっては伝達する時間が取れない場合や,伝達する適切な相手を選び,相手の都合を考慮する必要性が生まれてくる場合が多いため,特に他の要素の影響を受けやすいのではないかと考えられる.

5.参考文献
1)中央労働災害防止協会,安全衛生年鑑,平成18年度版,2007 
2)臼井伸之介,高齢者危険感受性に関する実験的研究,産業安全研究所研究報告, RIIS-SRR-NO.13,1993,33-4
3) Brown, I. D. and Groeger, J. A.: Risk Perception and Decision Taking during the Transition between Novice and Experienced Drivers Status, Ergonomics, Vol.31, No.4, 585-597, 198
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