早稲田大学石田研究室


自動車事故の過失割合の評価に関する実験的な研究

早川智香子


             


1.はじめに
現在,日本国内の交通事故による死亡者数は減少傾向にある(1).一方で人身事故の発生件数と負傷者数は年々増加を続け,現在では年間110万人以上の人が交通事故により負傷しており,物損事故も年間700万件以上に増加している(2)(3).これは日本国民の10人に1人が、1年に1回、何らかの形で交通事故に遭遇しているということであり,我々はとても高い確率で交通事故に遭っていると言える.
そして一旦交通事故が起こると当事者は様々な責任を負うことになるが,交通事故の発生はどちらか一方の不注意のみで発生することは少なく,当事者双方の不注意から発生することがほとんどである.このような場合,一方の当事者のみに全ての責任を負わすのは公平に反することから,過失の割合に応じて損害賠償が減額される.このどちらがどれだけ責任を負うかという過失の割合のことを過失割合と言い,減額されるこの仕組みを過失相殺と呼んでいる.交通事故の民事責任である損害賠償は,当事者もしくは代理人同士の話し合い(以下示談交渉)や裁判で解決しているが,その際に問題になる過失割合は,裁判所が裁判による解決例に基づき基準化を行った認定基準(別冊判例タイムズNo.15 民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準(平成9年,全訂3版)(4).以下「認定基準」という)に基づいて判断されることが多い.

2.目的
実際に人が交通事故を起こし民事責任を問われた場合,自分の過失割合が思っていたよりも多いと当事者は納得することは出来ない.今日多くの事故が起こり,その大部分が認定基準に基づいた示談や裁判で解決されているとすれば,この認定基準は一般人の認識に合っていなければ一般人の納得は得られない.そのためにどのくらいずれているか調べる必要がある.2003年岡本らによって,過失割合の認定基準と一般人の認識との間に,どのような差があるのかを明らかにする調査が行われた(5).岡本らの研究では,調査対象者に事故事例を客観的に判断させていたが,実際はみんな当事者の立場で判断するのだから,本研究では調査対象者にどちらかの事故当事者の立場に立たせ主観的に判断させた.

3.調査 
調査用紙を用いて,対象者に事故事例を提示し過失割合を実際に判断させた.事故事例は「別冊判例タイムズNo.15 民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準(平成9年,全訂3版)」より自動車と自動車の事故事例6件,自動車と歩行者の事故事例を5件,計11事例を選出した.図1にこれを示す.これらは岡本ら(2003)によって行われた研究と同じ事例であり,調査終了後,今回の調査と岡本が行った調査を比較検討できるようにした.調査対象者にそれぞれの過失割合を合計100になるように判断させた.過失割合を記入後にその過失割合の判断に対する自信度を記入させた.
対象者は大学生を中心とした314名である.調査対象者が2者の当事者の一方に立った場合と,もう一方に立った場合とを比較するため,調査対象者を2郡に分けそれぞれどちらかの当事者になったつもりで判断させる.そのため質問紙も2種類作成した. いずれの質問紙も調査対象者が当事者となる方を当事者Aとし,もう片方を当事者Bとした.
さらに同一人物が同じ事例を逆の立場から見た場合に,過失割合の判断が変わるかどうかを調べるために,11事例中,事例3,4,5の3事例については質問紙に2回ずつ登場させ,立場を入れ替えて過失割合を回答させた.従って質問紙は都合14事例からなるものとなった.事例3と13,事例4と12,事例5と14がそれぞれ対応する.
なお,この3事例は,同じ事例であることを気づかせない為に事例の図の角度を変えて提示した.




4.結果・考察       
 過失割合の回答と認定基準との差,および回答の判断に対する自信度を,従属変数,質問紙1,2の別,性別,免許の有無を要因として3要因の分散分析を行った.
質問紙の種類では,事例4,事例5,事例6にだけ有意差が見られた.しかし当事者であった場合とそうでない場合のどちらが過失割合を高く評価するかは一貫性がなかった(図2).

一方,同一の事故事例について同一の対象者に対し,立場を入れ替えて2回ずつ回答させた3事例に関しては,自分の過失割合を認定基準より高く判断した.また異なる対象者に対し,質問紙1の対象者のAに関する回答と,質問紙2の対象者のBに関する回答をしてもらったものについても, 6事例の内5事例,当事者の立場の方が過失割合を高く評価した.当事者の立場の方に反省の気持ちが入りこのような結果を生んだと推測することが出来る.
性別の違いでは,事例7と事例11にだけ有意差が見られた.事例7と事例11はともに車対人の事例であり,判断した過失割合は車の過失割合である.事例7は基準より低く,事例11は基準より高く判断しているものの,男性も女性も同方向に基準と
の差が出ている.そしてともに男性の方が女性より車の過失割合を高く評価した(図3).
人−車の事例の場合,男性は車側の過失を高く見る傾向があり,女性は歩行者側の過失にも目を向ける傾向があると考えられる.

免許の有無では事例1,事例2,事例3,事例4,事例6,事例7,事例9,事例10,事例11,事例14で有意差が見られた.免許保有者の方が基準との差が少なかった.
免許保有者は免許取得時に自動車教習所で講義を受けていたり,実際に似たような場面を経験していたりするため,基準と判断結果が近くなったのではないかと考えられる(図4).

当事者の立場に立つとき,客観的な立場の時とどのように基準との差が変化するのかを調べるため,客観的な視点,当事者の視点,当事者でない視点の3つの場合を比較した.比較の対象は,質問紙1におけるA,同2におけるB,岡本らの研究におけるAについての回答である.本研究の質問紙1,本研究の質問紙2,岡本らの研究を水準,基準との差を従属変数として, 1要因3水準の分散分析を行った.岡本らの研究は本研究における事例1から11までを同じ順番で用いているため,事例11までを比較した.図5は本研究の質問紙1と2,また岡本らの研究を事例ごとに比較した図である.縦軸は基準との差,横軸は事例1〜11における各回答の平均を表している.
その結果,事例3,事例5,事例6,事例9,事例11に有意差が見られた.
当事者という立場になると,自らの責任を大きくあるいは小さく判断する傾向が見られ,基準とのずれが大きい事例が増えた.この傾向には一貫性は見られなかった.
これは主観が入ることにより,事故当事者双方に公平な判断が出来なくなるためと考えられる.
事例3,9,11については岡本らの研究では過失割合を低く評価していたが,今回の研究ではどちらの立場の場合も過失割合を高く評価している.この3つの事例はいずれも,信号有りの事例の中で車両Aが青信号で交差点に進入している,いわばAは何の違反も犯さずに事故におきたもので,そのような事例は11事例の中でこの3つの事例しかない.これは当事者という意識が加わると,客観的に見ていた場合に比べ,自分でもそうでなくても有利な立場,つまり被害者の側の過失割合を高く評価する傾向があると考えられる.
有意差が見られなかった事例のうち基準との差がどれも同方向に10以上であった事例4と事例10については,基準と一般人の認識が大きくずれているので,認定基準を再検討する余地がある.
また基準との差がどれも10以下であった事例1,事例2,事例7,事例8については,認定基準は一般人の認識に合っていると言える.


 
5.引用・参考文献
1)財団法人 交通事故総合分析センター 2003 交通事故統計年報平成14年度版
2)財団法人 交通事故総合分析センター 2003 交通統計平成14年度版
3) 社団法人 日本損害保険協会 自動車保険データにみる交通事故の実態
http://www.sonpo.or.jp/business/library/report/pdf/book_jikojittai2004.pdf 
4) 東京地裁民事第27部(交通部)編 1994(平成9年,全訂3版) 別冊判例タイムズNo.15 民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準
5) 岡本満喜子,神田直弥,石田敏郎 2004 過失割合の認定基準と主観評価の比較検討,日本交通心理学会発表論文集 No69 P14,15,16,17

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