早稲田大学石田研究室


リスク知覚を中心とした運転者特性の検討

島崎 敢


はじめに
 道路交通システムは他の交通システムと異なり,そこに参加している運転者が極めて多くかつ多様であり,運転者に対して免許取得時の数十時間の教育を除いては再教育もほとんどなされない.このような中で,若年運転者や初心運転者の事故率が高い事が指摘されてきたが,これとは別に事故を繰り返し起こす運転者の存在が報告されている1)2).
 かつては,このような事故多発者を排除しようという動きが盛んであった3)が,現在では,環境改善や再教育で事故の減少が可能であると考えられており4),事故多発者は排除の対象から,教育・改善の対象へと変わりつつある.事故多発者に関する研究は多義に渡り,リスク・ハザード知覚5),ライフスタイル6),認知スタイル7),性格特性8),情報処理7)等の特性が事故に関与している事が明らかとなっている.しかし,これらの研究はいずれも個別に行われており,様々な特性の相互関係を明らかにした研究は存在しない.
 ところで,交通事故死者数は年々減少を続けているが,事故件数は増加し続けている9)10). この中で,事業用乗用車の起こす事故の件数は少ないが,台数あたりで見ると事故率は非常に高く,有効な対策が望まれている.一方で,事業用自動車の事故に関する研究や対策は,会社単位で事故データ等が管理されている点,仕事に直結しているので研究や対策に対する動機や関心が高い点,組織的な教育が可能である点など多くの利点がある.

目的
 本研究では,事故多発者の様々な特性と,その相互関係を明らかにするために,中規模タクシー会社(以下当該会社)の協力を得て,同一の対象者の,交通環境刺激に対する1.主観評価(リスク知覚),2.模擬のハンドル及びペダル操作(運転行動),3.注視行動(認知スタイル),4.運転能力の自己評価・他者評価,5.反応時間(情報処理),6.質問紙(ライフスタイル,性格),7.事故・営業成績データ(現実に現れた指標)を総合的に分析することで,事故に関与する運転者特性の解明を試みる.なお1〜4はリスク知覚実験で同時に取得する.

被験者
 本研究で行った実験及び調査は全て当該会社の運行管理者に選出を依頼した20名のタクシードライバーを対象として行った.20名のうち10名は長期間事故を起こしていない優良ドライバー(以下無事故群)で,残りの10名は事故を多発するドライバー(以下事故群)である.全員男性で,平均年齢は53.2歳(SD=8.59),入社後の平均年数は4.95年(SD=7.57),二種免許取得後の平均年数は9.55年(SD=12.79)であった.なお,各ドライバーには実験および調査に先立ち,協力の謝礼として5,000円を支払った.また,実験及び調査は当該会社労働組合の合意のもとで行われた.

方法
 リスク知覚実験:乗用車の運転席付近から撮影した15秒間の映像刺激30場面を被験者の前方に設置した100インチのスクリーンに投影し,映像刺激に対する主観評価,注視行動,運転行動を模したハンドル,ペダルの操作,運転能力の自己評価・他者評価を測定し記録した.刺激映像はいずれも右左折を含まず,ほぼ一定の速度で走行している映像とした.刺激映像のうち16場面は意図的なイベントやハザードを含まない自然な走行映像とし,先行車の有無,車線数等の条件が同数になるように刺激映像を選択した.残りの14場面中4場面は霧,夜間,雨,混雑した商店街の特殊環境とし,10場面は意図的に危険を感じさせるイベントやハザードを含ませた場面とした(Table1).刺激映像は順序効果を避けるためにランダムな5系列の提示順を作成し,各被験者にカウンタバランスで割り当てて提示した.本刺激30場面の前には練習用刺激2場面を提示した.主観評価はTable2に示した内容(Cは先行車がある場面のみ)とし,各映像刺激が終了するたびに口頭で回答させた.いずれの質問項目も0を中心として-50〜+50の101段階の実数を回答させた.ただし問いBの回答は単位をkm/h,問いCの回答は単位をメートルとした.注視行動はnac製アイカメラEMR-8を用いて計測し,フレーム解析を行った.注視対象に4フレーム(133msec.)以上注視点が留まった場合を注視として扱い,注視時間,注視点移動時間を記録した.また,注視対象は,あらかじめ全ての注視対象を網羅するように作成した63種類の注視対象分類に従って記録した.ハンドル,ペダルのポジションは,Microsoft製コントロールデバイスSide Winder Force Feed Backを用いて取得し,専用のプログラムを用いてコンピュータで10Hzのサンプリングレートで記録したが,刺激映像の特性上,ハンドル操作は殆ど必要がなく,ハンドル操作のデータは分析対象より除外した.実験の最後には運転能力の自己評価を問うと共に,後日,被験者ドライバーの運転能力評価を被験者ドライバー担当の運行管理者にも依頼した.運転能力評価の質問項目は一般的ドライバー及び一般的タクシードライバーと比べてどのくらい運転がうまいと思うかの2問とし,この質問も-50〜+50の101段階の実数を回答させた.



 反応時間測定実験:専用のコンピュータプログラムを用いてコンピュータディスプレイ上に表示される色付き丸形図形に対する反応時間を,専用の反応ボタンで測定した.刺激が1色の単純反応,3色,5色の選択反応を各33試行実施した.いずれの条件もキャッチトライアル試行を3回ランダムに混入させた.選択反応時間の色の提示数は同数とし色の提示順はランダムとした.
 質問紙調査:フェイスシートと,既存の心理テスト等から抜粋した質問項目98項目(生活項目)及び生活項目を参考に新たに考案した運転時の行動等を訊く質問項目88項目(運転項目)の合計186項目からなるもので,いずれの質問も「よくあてはまる」「ややあてはまる」「あまりあてはまらない」「全くあてはまらない」までの4段階で回答させた.
 事故・営業成績データの分析:当該会社の管理するデータベースをもとに,実験および調査に参加したドライバー20名分のデータを抽出し,2000年1月1日から2002年12月31日までの3年間の事故・営業成績データを算出し,本研究で行った実験および調査で得られたデータと比較検討した.

結果と考察
 リスク知覚実験(主観評価):主観評価各質問項目の回答素点を,被験者内の回答素点平均値で引き,補正を行った後に,場面および事故群・無事故群(以下群)を要因,回答補正得点を説明変数として2要因の分散分析を行った.その結果,群の要因に有意な主効果や交互作用は見られなかった.このため,場面の要因を除き,群を要因とした1要因の分散分析を場面ごとに行った.その結果,いくつかの質問項目で,霧や雨などの特殊状況の刺激映像に対する評価に有意差が見られ,問いC以外の質問項目では,事故群が有意に危険である,走りにくいなどのマイナスの評価をしていることがわかった.車間距離の評価(問いC)では,車間距離が比較的開いている場面では群の差が見られなかったが,車間距離が短い場面では,無事故群が有意に車間距離を増やしたいという評価をした.
リスク知覚実験(ペダル操作):各ペダルの操作回数,操作時間,操作積算量を説明変数として主観評価と同様の分散分析を行った.その結果,場面を要因に加えた分散分析では群の有意な主効果や交互作用は見られず,次に群のみを要因とした1要因の分散分析を場面ごとに行った.その結果,いくつかの箇所で有意差が見られ,比較的危険な要素がないと思われる場面で事故群のブレーキ操作回数や操作時間が多く,逆に比較的状況が複雑な場面では無事故群のアクセル操作量が多いという結果が得られた.
リスク知覚実験(注視行動):はじめに場面別の注視回数と注視対象個数を説明変数として2要因の分散分析を行った.その結果有意な交互作用が見られBonferroni法による多重比較の結果,いくつかの場面で群の単純主効果が有意であり,グラフ形状からも一定の傾向が見られた.注視回数は,殆どの箇所で無事故群の方が多かった(Fig.2).注視対象個数は,複雑な状況で事故群が多く,比較的危険の少ない状況で無事故群が多かった(Fig.3).事故群の注視行動は,状況の複雑さに影響され,注視頻度や注視時間が変化したが,無事故群の注視行動は事故群の注視行動と比べると状況の複雑さに関わらず比較的安定していた.

次に,各注視対象および群を要因,注視対象別の注視回数を説明変数として,2要因の分散分析を行った結果,交互作用が有意であり,下位検定の結果,空や上にある構造物など,安全走行に関係ないと思われる注視対象に対する注視回数に有意差が見られ,事故群が有意にこれらを多く見ていた.
また,各注視対象に対する総注視時間をもとに,主成分分析を行い,注視対象を3つの主成分に分類した結果,第1主成分には右側の壁や背景,空など,安全走行に特に見る必要がないと思われるもの(分散の説明率: 19.74%),第2主成分には左側の壁や障害物など,車両の走行位置を決定するために重要と思われるもの(同16.83%),第3主成分には対向車,並走車,駐車車両,歩行者など,動いているものもしくは動く可能性のあるもの(同12.88%)が主に分類された.各被験者の主成分得点を算出した結果,第2主成分,第3主成分では,群の違いはなかったが,第1主成分において,無事故群の主成分得点が低いという傾向が見られた.従って,主成分分析でも,無事故群は走行中に特に不要なものをあまり見ていないこと示された(Fig.2).

 リスク知覚実験(運転能力評価):評価者,比較対象,群を要因,評価得点を説明変数として分散分析を行った結果,いくつかの交互作用が見られ,自己評価では,群の間で差が見られなかったが,運行管理者による評価では事故群,無事故群の有意差が見られた(F(1,18)=40.33, P<0.001)(Fig.5).

反応時間計測実験:課題が複雑になるにつれ,反応時間が長くなるなどの特徴は見られたが,反応時間やエラー率に群の差は見られなかった.
質問紙調査:質問項目素点をもとに因子分析を行い,質問項目を8つの特徴的な因子に分解し(累積寄与率: 70.96%),それぞれの被験者の因子得点を算出した.その結果,欲求不満傾向の強い無事故群は存在しない,違法傾向は無事故群の中で強いドライバーと弱いドライバーに別れる,無事故群の自信過剰傾向が弱い等の結果が得られた(Fig,6, 7).

 各データの相関:2種免許取得後年数が長いドライバーほど注視対象種類数が少なくペダル操作が減少する,事故が多いドライバーほど平均注視時間が長く自信過剰である,営業成績がよいドライバーほど反応時間や判断時間が短い,交通環境刺激に対する主観評価が悪いドライバーほどブレーキ操作量が多い,注視行動が複雑化するほどアクセル操作回数や時間が減少する等の結果が得られた.
重回帰分析:事故過失割合の合計値,ブレーキペダル操作量からアクセルペダル操作量を引いた値,状況の危険度に対する主観評価を従属変数として重回帰分析を行った.その結果,事故過失割合の合計値は今回得られたデータでは説明できなかった.ペダル操作を従属変数とした分析では,欲求不満傾向が強く,走行位置,速度等の決定に必要な注視対象(第2主成分)をよく見ていて,自信過剰でないドライバーほど車を減速させて走行しようとすることがわかった(R=0.842, R2=0.709).主観評価を従属変数とした分析では,自己中心的で計画性のないドライバーほど状況の危険度を低く評価する傾向があることがわかった(R=0.693, R2=0.481).

課題
 アイカメラによる注視行動の計測に変わる認知スタイルの違いの測定方法論を確立する等の改善を行い,被験者を増やし,より詳細に事故多発者の特性を明らかにする必要があり,それらを教育活動に応用する試みも必要である.

結論
 20名のタクシードライバー(事故群,無事故群各10名)に対し,様々な特性を計測する実験および調査を行った.その結果,主観評価では,事故群が刺激映像を危険が大きい側に評価する,無事故群が車間距離を取ろうとする等の結果が得られ,ペダル操作では,事故群のブレーキ操作回数や操作時間が多く,無事故群はアクセル操作量が多いという結果が得られた.また,注視行動では,事故群は状況の複雑さに影響される,安全走行に無関係なものを見ているなどの結果が得られた.反応時間は事故群,無事故群で差がなく,事故群,無事故群でいくつかの性格特性に特徴的な傾向が見られた.また,運転行動(ペダル操作)を質問紙調査の結果や注視行動の結果で説明することができ,ドライバーのリスク評価も質問紙の結果で一部を説明できたといえる.

文献
1) 石田敏郎:タクシードライバーの事故防止に関する研究その1事故発生傾向の分析, 日本交通心理学会大会発表論文集, Vol.63th, 37-38, 2002
2) 牧下寛: 交通事故と運転者の事故・違反の経歴との関係, 科学警察研究所報告交通編, Vol.37, No.2, 25-34, 1996
3) W. A. Tillmann, M. D., and G. E. Hobbs, M. D.: The Accident-Prone Automobile Driver A Study of the Psychiatric and Social Background, The American Journal of Psychiatry, vol.106, 321-331, 1949
4) Frank P. McKenna: The Human Factor in Driving Accidents An Overview of Approaches and Problems, Ergonomics, Vol.25, No.10, 867-877, 1982
5) 深沢伸幸: 危険感受能力の測定と変容の可能性について, IATSS Review, 16(4), 235-248, 1990
6) Nils Petter Gregersen and Hans Yngve Berg: Lifestyle and Accidents among Young Drivers, Accident Analysis and Prevention, Vol.26, No.3, 297-303, 1994
7) William L. Mihal and Gerald V. Barrett: Individual Differences in Perceptual Information Processing and Their Relation to Automobile Accident Involvement, Journal of Applied Psychology, Vol.61, No.2, 229-233, 1976
8) 島崎敢, 岡本満喜子, 石田敏郎: タクシードライバーの事故防止に関する研究その3質問紙による事故群,無事故群の判別の試み, 日本交通心理学会大会発表論文集, Vol.66th, 23-30, 2002
9) 交通事故統計年報平成13年度版, 財団法人交通事故総合分析センター, 2001
10) 自動車保険データにみる交通事故の実態2001,社団法人日本損害保険協会,2001
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