早稲田大学石田研究室


駐車車両回避における運転者の行動

長谷川 智一



1.はじめに
飛行機の操縦や電車の運転など、道路交通社会以外は熟練者のみが携わっているが、道路交通社会においては、初心者と熟練者が混在し、飛行機や電車のような安全性を確保することは難しい。
初心者と熟練者の運転技術の差は、交通社会のあらゆる状況においての安全性に、深く関わってくると言える。そこで、そうした差を明らかにし、その差を少しでも減らせるような対策を初心者に施すことにより、初心者の事故率を軽減することが、運転技術混在の道路交通社会にとって重要な課題なのである。

2.目的
本研究では、運転技術のレベルが異なる運転者の混在した道路交通社会において、誰しもが遭遇する障害物回避行動に着目した。その障害物回避行動における、初心者と熟練者の障害物回避行動特性を比較し、明らかにすることを最終的な研究目的とした。なお,本研究では,特に、回避距離、回避速度、回避時のステアリング操作の三点を重視した。

3.実験
3-1 実験概要
  被験者に実験車両を運転してもらい、コース上に設置された障害物を、一般道路を想定して回避してもらった。この際の実験車両の動きを、設置したDVにより撮影した。また、回避時の被験者の回避予測距離をアンケートし、用紙に記録した。以上、実験により得た映像、及び被験者データをコンピュータにて分析することにより、運転特性及び運転技術の、初心者と熟練者との差を比較検討した。
3-2 実験体系
早稲田大学人間科学部敷地内、陸上トラックと校舎の間にある直線走路に設けたコースの全長は150mであり、スタート地点を0m、0〜40mまでを加速区間とし、80m地点を障害物設置地点、150m地点を終了地点とした。それぞれ区切りとなる、0m、40m、150m地点に、パイロンを1個ずつ設置し、被験者に対する目印とした。
 なお、本実験では、パイロンを80m地点に、横に2個並べて設置することにより、車両が障害物として駐車している環境を擬似的に作り、実験を行った。パイロンを2個並べた理由は、パイロンの左側を通過しないようにするための措置であり、2個間の距離を特に決める必要は無い。
  地面には、道路の中間地点にセンターラインを、粘着テープ(幅5cm)にて作成し、5mおきに、センターラインと垂直に交わるラインを、センターライン左方に50cm、右方に300cm、150m地点まで引いた。ただし、0〜15m地点は左右に50cmずつ、20〜35m地点は左に50cmしかラインを引いていない。これは、おそらくその範囲内を車両が通行するであろうという判断に基づくもので、結果、その部分のデータが取れなかった映像もあった。4.結果において、データの欠損、または対応するデータの取れていない部分があるグラフがあるが、それはこのことに起因する。なお、障害物地点の左方には、障害物を移動する際の目印となるように、センターラインから50cm、100cm、150cm、200cmの点に、2cm四方の粘着テープを貼り付けた。垂直に交わるラインには、50cmおきに識別IDを、数字とアルファベットの組み合わせで付与し、撮影時にどの地点を通過したのかを判別できるようにした(図3-2-1参照)。
 実験車両には、DVを、カースタンドを用いて設置した。DVは地面を映すように垂直に設置し、映した際に車両の一部分と地面の印が、どの地点を通った場合でも記録できるように調整した。また、今回の実験で想定される車速において、地面の印を確実に捉えることが出来るように、シャッタースピードは6000に設定した。


3-3 実験方法
被験者に、実験車両に搭乗してもらい、シートポジションの調節等、普段通りに運転してもらうための準備を行った。また、その際に、フェイスシートの記入をしてもらった。次に、実験者が助手席に搭乗し、被験者に練習試行としてコースを2往復してもらった。その間、コース上のパイロンの説明や、実験を行うに当たっての注意点を教示した。
練習試行終了後、実験者は障害物地点に待機し、障害物の設置を行った。障害物の位置は、50cm、100cm、150cm、200cmの4パターンに分かれており、この位置を変えつつ、4パターン×2=合計8試行の本番試行を行った。なお、障害物位置変更については、事前に被験者を初心運転者、熟練運転者それぞれをA、B、C、Dの4タイプに分け、乱数生成プログラムを用いて作成したパターン表にそれぞれ対応させ、実験を行った。
被験者の準備が整ったら、パッシングをして実験者に知らせてもらった。実験者も準備が整っていた場合、実験者が腕を挙げ、振り下ろした際に走行を開始してもらった。走行における注意として、普段道路を運転するような感覚で運転してもらうこと、加速区間で40km/h程度まで加速し、後は等速で走行してもらうこと、実験中に歩行者等がコース上に出てきた場合、直ちに実験を中止し、その試行をやり直すことを教示した。
走行を終えた被験者は、コース奥を迂回し、障害物地点まで戻る。その際、直前に終えた試行において、障害物のどのくらい横を通過したかをcmにて、運転の難易を尺度にてそれぞれ答えてもらった。

4.結果
4-1 必要情報の抽出
 図4-1-1は、DVにより撮影された映像から、1フレームを抜き出したものである。

 この画像から抜き出す情報は、地面のマーキングの座標(X1、Y1)、ラインと実験車両との交点(X2、Y2)、マーキングの識別ID、この画像のフレーム番号、以上4項目である。また、実際の縮尺を求めるために、予め長さの決まったもの(定規等)を撮影し、その映像の画面上の長さと実際の長さの倍率を求める。
 これらデータを計算することによって、距離速度、角度の数値を割り出すことが出来る。

4-1-1 障害物との距離の求め方
 障害物と実験車両との、横方向の距離の求め方は以下の通りである。

@障害物の設置地点の距離を求める。この値をaとする。
A画像より得られた座標の斜辺を、三平方の定理で導き、倍率をかけてドット単位の長さを実際の長さに修正する。この値をbとする。
これは、地面マーキングから車両右までの距離である。
B地面マーキングの位置を、センターラインを0とし、センターラインより左をー、右を+とする。この値をcとする。
以上@〜Bを用いて、
c+aーb
で、車両右から障害物までの距離がわかる。今回の場合、車両左からの距離を知りたいので、さらに車両の幅をマイナスし、
c+a-b-1765
これで車両左から障害物までの距離を求められる。

4-1-2 5メートル間の車両速度求め方
 5メートル間の車両速度の求め方は、以下の通りである。なお、マークが必ずしも画面の中央で捉えられているわけでは無いため、今回は5メートル+αの距離間の速度を求めた。
@映像の時間表示が秒:フレーム(1秒=30フレーム)なので、フレームを30で割り、単位を秒で統一する。この値をaとする。
Aマークが必ずしも画面の中央で捉えられているわけでは無いので、画面中央からの誤差を求め、誤差を距離に追加する。第一フレームのX2座標と中心点のずれをdxa、第二フレームのX2座標と中心点のずれをdxb、倍率をMとすると、
5000+M(dxb-dxa)
により、第一フレーム〜第二フレームの距離(mm)が求められる。この値をbとする。
なお、今回の分析では、マークが必ず画面中央より右に来るようにした。
以上の@及びAの結果を用いて、
b÷a
で、mm/sが求められる。これの単位をkm/hに変換することで、5メートル+α間の車両速度を求めることができる。

4-1-3 車両角度の求め方
 車両角度の求め方は、以下の通りである。
図4-1-1の、座標を結んでできた三角形のアークタンジェントを求める。この値をaとする。
90-aにより、車両角度を求めることができる。

4-2 距離の結果

上の図は、初心運転者と熟練運転者の、全パターン時の障害物回避軌道の平均の推移である。
回避距離については、熟練運転者が初心運転者よりも安全余裕度を多くとることが分かる。
回避開始のタイミングであるが、最初の方のデータが欠如してしまったために、詳しくは分からないが、20メートル地点で既に差がでているため、熟練運転者の方が早めにステアリングを切り始めると考えられる。

4-3 ステアリングきり始め〜きり戻しまでの距離

上の図は、初心運転者と熟練運転者の、ステアリングきり始め〜きり戻しまでの距離の平均を、障害物の位置毎に出したものである。
初心運転者は短い距離で回避行動をするが、熟練運転者は余裕を持って長い距離で回避行動をすることが分かる。このことから、初心運転者は安全余裕度を少なく取り、熟練運転者は安全余裕度を多くとる傾向にあると言える。
初心運転者の事故率が高いということの要因の一つに、このような心的余裕の無さが関係していることも、十分考えられる。

5.総括
初心運転者は熟練運転者に比べ、危険に対する対処が遅れていた。このことは、自分の判断に自信が持てず、結果として判断が遅れてしまうためであると考えられる。こうした判断の遅さは、運転経験の浅さによるものであると推測できる。
熟練運転者は、運転において無理をせず、安全余裕度を多くとって危険を早い段階で回避したことから、初心運転者に比べ、余裕を持って運転をしていることがうかがえる。

参考文献
1)古田将人:障害物回避における運転行動、早稲田大学卒業論文(2002)
2)Sato, T., Kawashima, H., & Daimon, T.:A Study on Human Interface of Narrow Road Drive Assist System from the Viewpoint of Cognitive Engineering、Proceedings (CD-ROM) of the 7th World Congress on Intelligent Transportation Systems(2000)
3)交通安全白書(平成15年版)、総務庁(2003)
4)平成14年版 ビジュアルデータ −図で見る交通事故統計−、(財)交通事故総合分析センター(2003)
5)交通統計 平成14年版、(財)交通事故総合分析センター(2003)
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