早稲田大学石田研究室


道路情報の記憶に対する携帯電話の影響について

藤田 義嗣


1. はじめに

近年の携帯電話・PHSの普及率は急速に伸びており、それに伴い携帯電話等の使用が原因とされる交通事故も増加してきている。平成10年中の携帯電話使用中の交通事故発生件数は2648件で、前年比15.3%増であった。また死者数(+32.0%)、負傷者数(+14.6%)も大幅に増加している。

事故原因としては下の図1に見られるように受信時に多く、続いて発信時、通話中となっている。

携帯電話使用中の事故
図1.使用形態別事故発生状況(H.10年中)

また個人的な経験として、携帯電話で話しながら運転していたときには、その間の道がどのような状況だったか、あまり覚えていないことが多かったということがあった。このようなことから、今回は記憶に注目し、携帯電話の使用における記憶の変化(低下)について調べる実験を行った。

2. 目的

運転場面映像の道路情報の記憶に対して、聴覚刺激の有無・強弱の影響があるかどうか調べる。つまり、耳への刺激のない時とある時の記憶のパフォーマンスの違い(低下)を、チェックシートの正答率の変化から見る。

3. 準備

実験の形式は次のとおりであり、実験に必要な準備としては、刺激映像作成、チェックシート作成、質問項目の録音などが主なのもである。

・実験の形式

15秒からなる映像を呈示し,呈示終了後,チェックシートに回答してもらった.チェックシート回答をもって1試行終了とした.
全5試行、2試行目以降には耳への刺激として計算問題を出題した。

・刺激映像

以下の条件に従い、デジタルビデオカメラで運転場面のビデオ撮影を行った。

 日時:1999年11月18日(木) 14:30〜16:30

 場所:埼玉県所沢市及び東京都清瀬市近辺
 国道463号線(行政道路)
 小金井街道、志木街道

 条件・片側一車線道路。
 ・常時40km/h程度で走行。
 ・対向車線や周囲の環境に、適度に刺激(対向車や歩行者、建物など)がある。
 ・先行車をつける。
 ・車間距離約20m
 ・ブレーキを頻繁に踏む。

撮影してきた映像を15秒を1場面として7つの場面を選別した。これらの場面は練習用a、b、本番用1-5とした。次に、場面呈示順による順序効果を避けるため、下のように5本のテープを作成した。

 テープ1):a−b、1−2−3−4−5
 テープ2):a−b、2−3−4−5−1
 テープ3):a−b、3−4−5−1−2
 テープ4):a−b、4−5−1−2−3
 テープ5):a−b、5−1−2−3−4

提示した映像例
図2.場面映像の一例

・チェックシート

項目数は15項目で、共通項目11項目、ダミー項目4項目とした。共通項目は実際にデータを取る項目で、ダミー項目は被験者にチェックシートの内容を覚えられないようにするために挿入した。結果には何ら関係がない。また、同様の理由からチェックシートの項目の順番を入れ替えた。

4. 方法

15秒間の刺激映像を呈示し、そこに何があったかチェックシートに回答した。途中から、耳への刺激として計算問題を出題し、それに答えながら映像を見てもらった。実験は全部で5試行あり、次のような条件で行った。

 試行1---耳への刺激・なし
 試行2---  〃  ・あり 易しい 遅い
 試行3---  〃  ・あり 易しい 速い
 試行4---  〃  ・あり 難しい 遅い
 試行5---  〃  ・あり 難しい 速い

また映像を見るときに、自車への制御行動の代わりとして、映像内の先行車のテールランプに反応してマウスをクリックする作業を付け加えた。

結果は、各試行について正答率でとった。チェックシートの共通項目について、そのとき見た刺激映像(1~5)の中に「ある」項目について集計し、その正答数から正答率を計算した。なお、「ない」項目及びダミー項目については、集計しなかった。

5. 結果

各試行の平均正答率を下の図3に示す。

刺激中の情報の再生率
図3.各試行の平均正答率

各試行の平均の差に有意差があるかどうか分散分析により検定したが、有意差は見られなかった。また、男女ごと、運転頻度ごとについても同様の検定を行ったが、どれにも有意差は見られなかった。

男女別平均正答率
図4.男女ごとの平均正答率
運転頻度別平均正答率
図5.運転頻度ごとの平均正答率

6. 結論

道路状況の記憶に対して耳への刺激の影響はないといえる。しかし、実験自体に不備な点があったため、この結果が妥当なものかどうか言い切るのは難しいと思われる。

7. 考察

この実験の全試行を通しての正答率は約50%であったが、チェック項目ごとの正答率を見てみるとかなりばらつきがあった。また、正答率を上位群と下位群に分けて見てみると、どちらの減衰具合も試行が進んでもあまり変わっていないことがわかる。(下図6、7参照)

対象別正答率
図6.チェック項目ごとの正答率
正答率の高い項目と低い項目
図7.正答率上位群と下位群

実際の運転でも注意を強く促されるものとそうでないものがあるように、この実験でも刺激映像の中の刺激には強弱があったと思われる。つまり、本試行1における元々のパフォーマンスが低く、強く印象づけられたものしか覚えていないのだとしたら、そこに新たな刺激を与えてもあまり影響がなかったのではないだろうか。

この視点で考えると、今回の実験で結果に有意差が見られなかったのも当然だといえるだろう。 

この実験の問題点については、次のようなことが考えられた。

・刺激映像の刺激の強さが均一でなかった。(図8参照)

提示映像により正答率が異なった
図8.各場面の平均正答率

・チェックシートの内容を覚えられた。
・チェックシートの回答時間が、被験者によって個人差があった。
・練習試行の回数が少なかった。
・擬似制御動作により、注意が先行車に集まってしまった。

8. 参考文献

・G.コーエン、M.W.アイゼンク、M.E.ルボワ共著 「記憶 −認知心理学講座1−」
・G.コーエン著 「日常記憶の心理学」
・多鹿 秀継 他 共著 「認知心理学 重要研究集2 記憶認知」


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