早稲田大学石田研究室


人間の思考過程におけるバイアスとヒューマンエラーに関する実験的研究

村上 康友


1. はじめに

近年の科学技術・情報処理技術の進歩に伴い,プラントや航空機などのマン-マシンシステムの運転の自動化が実現した.それに伴ってオペレーターの役割はシステムの監視と不測の事態へと変化し,課せられる作業も判断や意志決定を含む,より認知的なものになっている.
 しかしながら,「人間はエラーを犯す動物である.」といわれているように,これらのマン-マシンシステムで発生した事故の約8割以上が人間のエラーに起因するものであるといわれている.そのため,システムの安全性・信頼性を向上させるためには,システムの設計やオペレーターの教育などに対するヒューマンファクター的な配慮や対策が不可欠であるということがいえる.

2. 本研究の目的

ところで,事故の発生には異常発生時のオペレーターのパフォーマンスが深く関連しているといわれている.3)また,異常が発生した際のオペレーターの認知過程は,故障個所の検索,故障した機器の状態を示すパラメータの正常/異常の判断,故障の原因の同定などを含む異常診断の過程であるといわれている.4)

そこで本研究では,この異常の診断過程について実験し,異常診断モデルの作成を試みた.また,診断過程におけるヒューマンエラーの発生パターンについて検討した.そして,実験で得られた知見をオペレーターの教育やインタフェースの改良の際に用いることにより,システム全体の安全性・信頼性の向上を実現することを目的とした.

3. 実験の理論的背景

3.1 オペレーターの異常診断モデル
 Rasmussenのオペレーターの意思決定モデルをもとに作成された異常診断過程の定性モデル4)を用いて,被験者のプロトコルから認知過程をトレースした.

3.2 ヒューマンエラーの分類
 ヒューマンエラーを,まず発生したステップごとに大きく分け,その後エラーの形態別に分ける,W.B.Rouseの分類に従ってヒューマンエラーを分類した.

3.3 バイアス
 上記のヒューマンエラーの分類ではエラーの発生したメカニズムを知ることができないため,本研究では「信念バイアス」,「確証バイアス」,「利用可能性ヒューリスティック」,「相関関係・共変動の検出」の4つのバイアスを用いてエラーの発生のメカニズムを明らかにすることを試みた.

4. 実験の方法

4.1 実験目的
 異常事象発生時における人間の診断過程,エラーの発生パターンを明らかにする.

4.2 実験概要
・実験期間:12月14日〜12月20日
・被験者: 8名(男4名、女4名)
・実験条件:単一事象,複数事象の2条件(被験者内計画)
・試行数: 練習試行10試行,本試行20試行

4.3 実験課題
 プラントを模擬したシミュレータを用いて異常事象に対応し,発生している故障を取り除くという課題を行ってもらった.

4.4 実験刺激
このプラント(図1)は,W.L.Luyben (1974)によるもので,Tank1とTank2より2種類の原料(原料1,原料2)を反応炉へ供給し,できた反応液を蒸留塔で蒸留して製品A,Bを得るものである.発生する異常事象は,ポンプの故障および配管の破断によるリークとした.

プラントの概念図
図1 プラントの製造プロセス

4.5 実験手順
 全体的な操作は,異常事象が発生して画面上に警報が表示されたら,反応炉や計器などのボタンを押してプラントの状態を確認し,故障が発生している箇所を同定して,故障を取り除くというものであった.

5. 結果・考察

5.1 実験に関する結果と考察

診断時間と操作回数には相関がある
図2 診断時間と操作回数の平均値

診断時間と操作回数,エラー率の分散分析を行った結果,エラー率を除いて有意差が認められた.また,診断時間と操作回数の間には、高い相関関係が見出された.つまり,単一事象と複数事象という条件によって異なる難易度の診断を行わせることができ,診断時間と操作回数の相関関係が先行研究の結果とも一致したため,本実験において一般的な異常事象を表現できたといえる.

5.2 異常診断モデルの結果と考察

異常診断過程をモデル化
図3 確率ネットワークによるモデル

被験者のプロトコルから「観察→タスク決定」,「同定→観察」、「確認→観察」,「確認→同定」,「確認→タスク決定」というショートカットが見出された.また,遅延時間と分岐確率を確率ネットワークで表現し,定量化を行った.その結果,ステップの遅延時間は確認と観察で長く,タスク決定と実行で短いということが観察された.

5.3 エラーとバイアスに関する考察

同定・確認におけるエラーが多い
図4 ステップ別のエラーの発生頻度

エラーの発生回数は確認と同定で多く,タスク決定と実行のステップで少ない結果となり,操作に関するエラーよりも,認知過程に属するエラーの方が多いことがわかった.

確証バイアスが多い
図5 バイアスの発生頻度

また,確証バイアスと利用可能性ヒューリスティックで全体の半数以上を占め,これらの分類に当てはまらないものも多数見られたが,全体で見るとエラーのメカニズムの7割弱を捉えることができた.

エラーとバイアスは,全体的に幅広く分布し,異常診断における特徴的なエラー発生パターンを同定することはできなかった.

6. 結論

6.1 異常診断モデルに関する結論
 本研究で作成したモデルを基本にしたシミュレーションモデルを作成し,インタフェースの評価などに用いることができ,システムの安全に寄与することができる.

6.2 エラーとバイアスに関する結論
 診断過程におけるエラーは,「同定」や「確認」など,多くの認知資源を必要とする過程で生じている.また,今回用いた分類で、ほぼすべてのエラーが説明できることから、実際の場面でもこの分類を使用できると思われる.

バイアスに関しては,現在までに様々なバイアスが確認されているが,今後これらを統合するような概念が生まれれば,実際の場面に応用できるようになると思われる.また、バイアスの発生は,経験の程度によっても変化すると考えられるため,試行数を増やし,分類を改善することによって,より正確にエラーのメカニズムを捉えることができるようになると思われる.

6.3 今後の課題
 異常事象の性質をもとに分析し,診断過程の変化やエラーの発生パターンを明らかにする.また,認知過程をより正確にトレースするために,施行後のインタビューの実施などによって多種類のデータを収集することが必要である.

引用・参考文献

1)Tversky & Kahneman:"Judgment under uncertainty: Heuristics and biases",Science,Vol.185,No.4157,pp.1124-1131,1974
2)Ken-ichi Takano & James Reason:"Modelling of human errors in cognitive processes observed in dynamic environment",(Eds.)Don Harris:"Engineering Psychology and Cognitive Ergonomics",Ashgate,Vol.2,pp.63-70,1997
3)Jens Rasmussen著,海保博之,加藤隆,赤井真喜,田辺文也訳,"インタフェースの認知工学",啓学出版,1990
4)氏田博士,久保田龍治,河野龍太郎:"プラント運転員の緊急時における認知過程の実験的分析",人間工学,Vol.29,No.4,pp.239-248,1993
5)J.M vanEekhout & W.B.Rouse:"Human errors in detection,diagnosis,and compensation for failures in the engine control room of a supertanker",IEEE Transactions on Systems,Man,and Cybernetics,Vol.11,No.12,pp.813-816,1981
6)W.B.Rouse & S.H.Rouse:"Analysis and classification of human error",IEEE Transactions on Systems,Man,and Cybernetics,Vol.13,No.4,pp.539-549,1983
7)W.L.Luyben:"Process Modeling simulation,and control for chemical engineers",McGRAW-HILL INTERNATIONAL BOOK COMPANY,pp1-11,1974
8)Jens Rasmussen:"Slills,Rules,and Knowledge;Signals,Signs,and Symbols,and other distinctions in human performance models",IEEE Transactions on systems,Man,and Cybernetics,Vol.13,No.3,pp.257-266,1983


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