早稲田大学石田研究室


交差点通過時における自転車乗用車の視認特性に関する一研究

柘植 沙也子


1. はじめに

今日、約5千万台の自転車が普及しているるわが国では、世界でも有数の自転車保有国になっており、その利用は通勤、通学、買い物から子供の遊びやサイクリングにいたるまで多岐に及んでいる。便利で経済的な近距離交通手段としての自転車、誰にでも気軽に乗れる人間味あふれる乗り物としての自転車は、交通システムを構成する交通手段の一つとして位置づけられると同時に生活手段の一つとして定着してきた。しかし、その一方で交通手段としての自転車が集中し、大量化するにつれて歩行者空間との競合、放置自転車の問題、さらには交通事故の発生にいたることがある。特に、自転車の交通事故に関しては、その原因のうち90%以上は運転者自身にある。中でも自転車の運転においては利用する情報のうち多くが視覚情報であると言われており、前方や周囲の情報の取り込み方や注意の働き方が不適切で、事故の原因になっているのが事実である。よって運転に関連した人間の要素の中で、視覚の活動が運転行動の質に直接結びついているとされ、安全な道路環境を考えるとともに運転者の視認特性について考える事が重要である。

2. 研究目的

自転車事故の4分の1以上は交差点における自動車と自転車の衝突事故であると言われている。事故の原因としてしばし指摘されるのは、道路交通システムの成員としての認識識不足や知識不足であるが、過去の研究では自転車運転者が運転中比較的運転者に近い場所を主に注視していることが、前方の状況把握の遅れを招く可能性があると示している。そこで本研究では交差点通過時における運転者の目の動きをアイカメラを用いて測定し、運転者の注視点分布、停留時間、注視頻度を検討する。

3. 方法

3.1 実験日時

2000年12月2日〜12月9日

3.2 実験場所

早稲田大学人間科学部周辺の直線の往復2車線道路約150mを実験区間とした。この区間のほぼ終点の位置に左側から道路が交差している。双方の道路とも通常から車両の走行は少なく、人通りも少ない。

3.3 被験者

週1回〜5回自転車を利用しており、両眼裸眼視力、もしくはコンタクトレンズによる矯正視力が正常な者で眼鏡を着用していない大学生3名

3.4 実験内容

被験者は26型の軽快車の前カゴにビデオカメラ、後カゴにEMRコントローラー及びバッテリーをつんだ状態で何度か練習走行を行った。その後アイカメラを装着し、キャリブレーションを行い、実験走行を実施した。各被験者4回ずつ走行したが、うち2回目のみ交差道路から車両が頭を出す条件を組み込んだ。この際、実験者が運転者と連絡を取り合い被験者ごとに交差道路から20m、40m、60m手前で頭を出すように設定した。走行中の視野映像およびアイマークはビデオに1秒あたり30フレームで記録した。

3.5 実験結果の分析

各走行とも1350フレームずつ抽出し、フレーム解析を行った。注視点の分布は、150mの直線道路を前半・交差点を含む後半に分け道路真中手前、左前方といったように注視箇所を定め、(図1,2)どのエリアで発生しているかを調べた。なおこの際4フレームまですなわち133msecまでは停留が起こっていないと考え該当するデータは取り扱わなかった。133msecに設定した理由は、四輪車よりも停留時間の短い二輪車の安定走行中の平均注視時間が200〜250msecであること、そして高速になるにつれ、単一時間当たりの情報処理量の増加に伴う注視時間の減少傾向があることから、低速の自転車では停留時間が長くなると考えられたためである。

注視箇所分類図(前半)

注視箇所分類図(後半)

4. 結果・考察

4.1 直線道路―前半・交差点を含む直線道路―後半における平均停留時間

平均停留時間は直線道路―前半(以下前半)、交差点を含む直線道路―後半(後半)いずれも430msec前後であった。(前半:453msec、後半:417msec)、よって前半、後半における平均停留時間の間には差は見られなかった。

4.2 景観要素への停留時間及び注視頻度

図3〜6は各道路線形に関して、分類された注視箇所ごとに総停留時間及び注視頻度を求め、全体の比率として表したものである。したがってグラフの目盛は割合で表される。棒グラフが停留時間を表し、折れ線グラフが頻度を表している。これらのグラフから明らかなように、停留時間と注視頻度はほぼ同じ値を示しており、注視箇所別平均停留時間(総停留時間/頻度)は、ほとんどの場合で全体平均の430msecに近い値を示している。なお、図5.6は先に示した前半・後半の注視箇所分類図によって分類せずに、道路上にある横断歩道・交差点・路上マーキングなどの道路区分や表示によりさらに細かく分類したものである(一部、前半・後半の分類と被る部分がある)。

注視箇所別注視頻度と停留時間

4.2.1 直線道路―前半

注視時間、頻度ともに大きな値を示しているのが、道路真中正面「2」、次いで道路真中遠方「5」、左前方「4」である。道路区分や表示で見ると前方の横断歩道、マーキング、路路肩である。「4」左前方への注視頻度、停留時間は全体の15%を占めており路肩は27%を占めている。道路の内外で見ると、前方「5」「2」「5」は全体の65%を、前方の横断歩道、マーキングは52%となっており、直線道路に関しては路肩や左前方よりも、道路正面前方、遠方方向を注視する傾向がみられる。これは四輪車及び自動二輪車の特性と異なる結果である。また自転車のすぐ手前を1回の注視でじっくり見る傾向があるが、これは路面状況に気を配っていることのあらわれであると考える。

4.2.2 交差点を含む直線道路―後半

後半で大きな値を示しているのは、前半と同様、道路真中正面「2」、次いで道路真中遠方「5」、左前方「4」である。道路区分や表示で見ると路肩の割合が37%と前半よりも高くなっており、交差点は27%、車は14%を占めている。「2」「5」は63%と前半とほとんど変わらない。よって、交差点を含む直線道路でも、道路真中前方、遠方方向を注視する傾向に大きな差はないが、交差点から2回目に車が出たことを考慮にいれると、路肩や交差点へ対する注視時間が長くなるのは、当然の結果といえよう。

4.3直線道路と交差点を含む直線道路との比較

図3と図4を比較してみると注視箇所別の停留時間においても注視頻度においても大きな差は見られず、どちらも道路真中前方「2」を注視する時間が長かった。しかし、図5と図6のように視対象別の分類を行った場合では、直線道路では横断歩道、マーキング、路肩に対する注視時間が長くなり、交差点を含む直線道路では交差点、車、路肩を注視する時間が長くなっており、ここでは大きな変化が見られた。仮に自転車運転中の注視行動を、1)ハンドル操作のための道路線形や路面の確認に関する注視と、2)安全確認に関する注視とに分けた場合、直線道路の注視行動はマーキングや路肩への注視が多かったことから前者に、交差点を含む直線道路の注視行動は交差点や車が多かったことから後者に当てはまると考えられる。

5.結論

今回の結果をもとにした自転車乗用者の視認特性は以下の通りである。
・ 直線道路走行時には前方、遠方を頻繁に注視し、また運転者のすぐ前方をじっくりと注視する傾向がある。
・ 直線道路での注視行動は道路線形や路面の確認に関するものであり、交差点を含む直線道路では安全に関する注視行動を行う。

6.今後の課題

今回取り扱った交差点は、比較的交通量が少なく、またT字路であったことから、注意の水平方向分布は広くなりづらかった可能性も考えられる。安全性の面から交通量の多い箇所での実験は困難であるが、いくつかの交差点を走行させる等の工夫は必要だろう。
 またアイカメラを用いた実験は、被験者が少なくなりやすいが、より一般化した注視特性を明らかにする上では、被験者数をできる限り増加させる必要があるだろう。

7.参考文献

・ 神田直弥・石田敏郎:自転車乗用中における運転者の視認特性の検討、日本交通心理学会平成12年度秋季大会(第62回)(2000)
・ 三浦利章:運転場面における視覚行動、大阪大学人間科学部紀要、Vol.5pp253-289(1979)
・ 三浦利章:行動と視覚的注意、風間書房(1995)
・ 小澤忠弘:自転車乗用中における運転者の視認特性の検討、平成7年度早稲田大学人間科学部卒業論文(1995)


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