早稲田大学石田研究室


建設作業現場におけるコミュニケーション・エラーに関する背後要因の検討

高橋 明子


はじめに

図1に示すように,建設業は,全産業における死亡災害の発生状況において,約4割という最も大きな割合を占めており,他産業よりも重大な災害が多発しているという現状がある.

全産業における死亡災害の発生状況
図1 全産業における死亡災害の発生状況
(中央労働災害防止協会HP)

建設業における労働災害の4つの状態
図2 建設業における労働災害の4つの状態1)

図2に示すように,建設業では,不安全行動のような人的要因による労働災害が94.1%を占めているが,雇用期間の短さや単品受注生産であることなど建設業の特徴2)により人的要因を排除することが困難である.そのため,ヒューマンエラーによる災害が多発している.

本研究では,建設作業現場で発生するヒューマンエラーに注目し,その中でもコミュニケーションをとる際に発生したエラーであるコミュニケーション・エラーをテーマとして取り上げた.

目的

建設作業現場での災害事例を分析することにより,災害につながったコミュニケーション・エラーの発生過程を捉え,コミュニケーション・エラーを発生させた背後要因の抽出,検討をする.それにより,建設作業現場でのコミュニケーション・エラーを浮き彫りにし,災害対策に役立てることを目的とする.

方法

独立行政法人産業安全研究所の所有している労働災害事例のうち,建設作業現場における労働災害事例約800例からコミュニケーション・エラーが一要因となって発生している災害事例50例を抽出した.この50例について,バリエーションツリー(図3)と災害発生概要表を作成し,災害事例の分析を行った.

バリエーションツリーは,Leplat&Rasmussenによって提案された事故分析手法3)で,事故の発生経緯を時系列に記述し,排除すべき変動要因や断ち切るべき変動要因間の連鎖を記述するというものである.建設,交通,宇宙,鉄道,原子力などで用いられているが,今回は,交通と宇宙で用いられている作成方法を参考にし,建設作業現場の特徴に合わせて改訂を行った.

そして,作成したバリエーションツリー上から,図4のように,コミュニケーション・エラーが発生した部分を2名の分析者により抽出した.

バリエーションツリーの例
図3 バリエーションツリーの例

コミュニケーション・エラーの抽出方法
図4 コミュニケーション・エラーの抽出方法

この抽出したコミュニケーション・エラーについて,竹内4)の「社会的コミュニケーションのプロセスモデル」を簡易化したモデルを用い,コミュニケーション・エラーの発生概要(図5)とコミュニケーションにおける問題点(図6)を図式化した.

そして,作成したバリエーションツリー上から,図4のように,コミュニケーション・エラーが発生した部分を2名の分析者により抽出した.

コミュニケーション・エラーの発生概要の例
図5 コミュニケーション・エラーの発生概要の例

コミュニケーションにおける問題点の例
図6 コミュニケーションにおける問題点の例

結果と考察

コミュニケーション・エラーの分類

バリエーションツリー50例から60個のコミュニケーション・エラーを抽出した.そして,プロセスモデル(コミュニケーションの問題点,図6)の形態の違いにより分類したところ,図7に示すように,主に「記号化・メッセージ型」「媒体型」「理解型」の3つのパターンに分類された.

「記号化・メッセージ型」は,メッセージの発信者の「記号化」と「メッセージ」が最もコミュニケーション・エラーの発生に影響を及ぼしたもので,メッセージの発信者がメッセージを発しようとしなかったために,コミュニケーションが発生しなかったというパターンである(39個,65.0%).「媒体型」は,発信者あるいは受信者の「媒体」が最もコミュニケーション・エラーの発生に影響を及ぼしたもので,メッセージを送る際に,発信者あるいは受信者の媒体が不十分であるためにメッセージが正確に伝わらないというパターンである(10個,16.7%).「理解型」は,発信者あるいは受信者の「理解」がもっともコミュニケーション・エラーの発生に影響を及ぼしたもので,発信者あるいは受信者が受け取ったメッセージを正確に理解しないためにメッセージが正確に伝わらないというパターンである(6個,10.0%).

コミュニケーション・エラーの分類
図7 コミュニケーション・エラーの分類

「記号化・メッセージ型」は60個のコミュニケーション・エラーのうち39個(65%)と最も大きな割合を占めた.このことから,建設作業現場では,「媒体型」「理解型」のように不適切なコミュニケーションがとられるよりも,「記号化・メッセージ型」のようにコミュニケーションが発生すべき場面で発生しないということに大きな問題点があると考えられた.

さらに,「記号化・メッセージ型」については,コミュニケーション・エラーの発生概要(図5)にいくつかの特徴が見られ,図8に示すように,主に「独断」「設備」「適切」の3つのパターンに分類された.

「独断」は,メッセージの発信者あるいは受信者が独断で予定にない,もしくは不適切な行動を実施し,コミュニケーションが発生しなかったというものである(18個,46.2%).「設備」は,立入禁止箇所に明確な表示をしなかった,もしくは事前に立入禁止箇所に関する説明をしなかったというものである(8個,20.5%).「適切」は,メッセージの受信者が正しい作業を正しい場所で行っていたが,発信者が受け手に気づかず,コミュニケーションが発生しなかったというものである(10個,25.6%).

記号化・メッセージ型の分類
図8 記号化・メッセージ型の分類

以上より,コミュニケーション・エラーは「独断」「設備」「適切」「媒体型」「理解型」の5つのパターンに分類され,本研究においてコミュニケーション・エラーの発生過程を明らかすることができたと言えた.

背後要因の検討

5つのパターンのコミュニケーション・エラーについて,バリエーションツリーに記述されている変動要因や説明から,コミュニケーション・エラーの背後要因の抽出と分類を行った.その結果,背後要因は主に12項目(「人的要因」4項目,「管理要因」4項目,「環境要因」4項目)に分類された.そして,図9に示すように,5つのコミュニケーション・エラーは,背後要因の出現のしかたに異なる特徴が見られた.

シミュレータの画面
図9 背後要因の検討

以上より,分析対象とした事例数が少なかったため,コミュニケーション・エラーの背後要因を網羅的に捉えられたわけではないが,今後,事例数を増やして分析を重ねることで明らかにできることが示唆された.

結論

コミュニケーション・エラーが一要因となっている災害事例をバリエーションツリー法とコミュニケーションのプロセスモデルにより分析し,コミュニケーション・エラーを抽出,検討した.

その結果,
・コミュニケーション・エラーの発生過程を捉え,パターン化することができた. ・コミュニケーション・エラーの背後要因を捉えることができ,事例数を増やすことで,さらに明らかにできることが示唆された.

今後の課題

・コミュニケーション・エラーを含む災害事例の抽出方法を検討する.
・バリエーションツリー作成に使用した報告書に関して,報告書を作成する段階で詳細な調査を行い,バリエーションツリーによる災害発生経緯の再現を詳細にできるようにする.
・コミュニケーション・エラーを含む災害事例の事例数を増やし,分析を行うことによって,コミュニケーション・エラーの発生過程や背後要因をより明らかにする.

以上を実行することによって,より建設作業現場の現状に即したコミュニケーション・エラーの発生過程と背後要因を捉えることが可能になり,コミュニケーション・エラーの防止対策に役立てていけるのではないかと考えられる.

参考文献

1) 小澤宏之:建設分野におけるヒューマンファクター対策,安全工学(1999)
2) 建設業における総合的な安全確保に係る調査検討業務報告書,財団法人建設経済研究所(1999)
3) Jacques Leplat & Jens Rasmussen: New Technology and Human Error, 15.Analysis of Human Errors in Industrial Incidents and Accidents for Improvement of Work Safety, pp157-168
4) 竹内郁郎:社会的コミュニケーションの構造,講座現代のコミュニケーション1 基礎理論,東京大学出版会(1973)


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