早稲田大学石田研究室


危険判断に対し静止画像の提示時間が与える影響

杉本 圭造


○ はじめに

今や,自動車は人間の社会生活にすっかり根付いているが,現在日本人の死因の第五位である『不慮の事故』のうち,約四割を『自動車事故』が占めている.これに対して自動車そのものの安全性の向上,運転者の安全意識を高めるための教育方法の検討などの対策が編み出され続け,また日本政府の推進する「交通安全基本計画」のように,国を上げての安全に取り組む動きもある.だが,負傷者数や交通事故件数などは共に増加傾向をたどっており,交通環境そのものが安全になったとは言い難いものがある.こうした実態の背景を考えるに,運転者それぞれが持つ「危険感」がその一端を担っていることが考えられる.車そのものの安全性や交通環境が改善され続けていくとしても,人が自動車を運転する限りは,人間そのものによってもたらされる影響もまた,改善していかねばならないであろう.以上の事柄を鑑み,今回の研究では運転者が交通時において直面する様々な場面に対し逐次くだしていく「危険評価」というものについて焦点を当てて進めた.

近年の16〜24歳の若者の運転免許保有者数は,ここ数年61%前後で安定しており,日本では若者の大半が20歳代前半までに運転免許を取得するに至っている.一方,若者の交通死亡事故者数は,平成元年以降は減少しているものの,未だ年齢層別交通事故者数の割合の上位を占めている.このように若年層の事故が多い背景には,若者が持つ交通状況に対する「漠然とした安全感=主観的な危険感の低下」によって説明されるかもしれない.「人の持つ危険感受性は後天的に変化・変容を受け得る」というクレベルスベルク(1982)やジョナー(1986)らの立場にたち,これまでに幾度となく,ドライバーに対し彼らの危険感受性を高めるための種々の教育・訓練プログラムが実施されてきている.こうした教育法については,「実際の交通事故との相関を見て,事故防止の効果を読み取ることができる」とする考えと,一方で訓練の方法論や手続きなどの観点から,有効性を疑問視する意見も上がっている.これらの危険感受性訓練については,今後の更なる研究が必要である.

本実験ではこうした問題への取り組みの一端として,実験室内において種々の交通場面を想定した静止画像を提示し,その際の提示時間を変化させることによって,人の下す危険判断がどのように変化し,さらに変化するとすればどのような要因がその変化をもたらしているのか調べた.

○ 実験刺激の作成

撮影日時:2000年10月10日 午後2時〜4時
撮影場所:所沢市〜飯能市にかけての市街地・一般道
撮影器材:デジタルカメラ(NICON COOLPIX950),乗用自動車

○ 実験概要

実験日時:2000年12月8日〜12月15日
実験場所:早稲田大学人間科学部キャンパス・520暗室
被験者:心身ともに健康な大学生10名(男子5名,女子5名),年齢21〜25歳,平均年齢22.9歳.
実験器材:AV Tachstscope IS-702,富士通FMVデスクパワーSII-165,衝立2枚(430×550mm:ベニヤ板による自作・表面はペンキで黒塗り)

○ 実験条件

実験室内照度;0.01ルクス
画像データ表示時;画面正面6.36ルクス
被験者視界周囲 0.34ルクス
質問画面表示時;画面正面2.49ルクス
被験者視界周囲 0.07ルクス
ディスプレイ輝度;最大26.34cd/mイ,最小0.01cd/mイ
表示映像サイズ:250×160mm
ディスプレイサイズ:520×376mm

刺激映像の作成は,乗用車に搭乗し市街地を通常走行,その間に車内の助手席から走行中に随時,任意に選定し計152シーンを撮影.カメラは極力運転者の視界内映像を捕らえるよう運転者の左となり,目の高さにファインダーがくる位置で手で固定,撮影した.

そして採集した映像の中から最終的に計40種の状況を選び出し,本実験で用いた.使用画像はタキストスコープで表示できるように,デジタルカメラからパソコンに取り込んで加工,刺激映像とした.

刺激映像の一例
図1 刺激映像の一例

被験者にはタキストスコープに接続されたCRTディスプレイから映し出される制しか像を40種類提示する(すべてカラー映像である).そして,映像を2秒間提示する試行と5秒間提示する試行の2種類を用意し,それぞれの提示時間の違いによって,同じ状況であっても危険判断に違いが見られるかを確認することとした.提示される映像は両試行とも同じものであるが,提示される順序はその都度,被験者ごとにランダムに変更.また,「2秒間提示試行」と「5秒間提示試行」の実施順序も,被験者ごとに逐一変更した.

それぞれの試行について,ひとつの刺激映像を提示するごとに,5種類の質問を出題した.質問の内容は「主観的な危険缶を調べるもの」を中心に,その状況に対して下された危険感が何に基づくものであるかを判断するためのものを設定.1試行ごとに次のような,計5つの選択肢式の問いを発した.

Q1,状況がどの程度「危険」と感じたか
Q2,状況中の「危険」なものと自分との距離
Q3,状況のどの部分を注意していたか
Q4,状況がどの程度混雑していると思うか
Q5,状況中,どの程度の速度で走るか

刺激映像の提示後,これら質問と回答選択肢(5択式,Q3のみ3択)を質問1から順次ディスプレイに表示.被験者にはタキストスコープ本体に接続された5ボタン式キースイッチを用いて,それぞれの選択肢の中から適切と判断した答えに対応するキーを押すことで順次回答してもらった.本実験ではこれらの質問に対する回答の番号のほか,被験者が回答するまでの反応時間も記録した.実験は最初に練習試行を3回行い,その後日本試行40回(2秒または5秒),途中に30秒の休憩をはさんで再度本試行(5秒または2秒)を40回行った.練習試行の映像は本試行に使用しなかったものを用い,提示時間は3秒とした.なお,被験者の座る位置についてはあらかじめ座席の位置を固定したが,ボタンを押す指や手の位置については被験者の自由とした.

実験の流れ
図2 実験の流れ

本実験の流れ
図3 本実験の流れ

○ 結果

実験結果の分析にあたって,まず刺激映像の提示時間の違い(2秒間と5秒間)による反応時間の平均値を取り,これをt検定(両側検定)を用いて分析したところ,両者の反応時間の違いに有意差は見られなかった.

表1 刺激提示時間2秒の場合の結果の平均と標準偏差
刺激提示時間2秒の場合の結果の平均と標準偏差

表2 提示時間5秒の場合の結果の平均と標準偏差
提示時間5秒の場合の結果の平均と標準偏差

そこで,両条件における回答そのものに注目し,質問1〜5の各設問ごとの回答番号を集計し平均化,重回帰分析にかけて検討した.ここで検定したのは質問1(危険度そのものを尋ねる質問)と,その他の設問との間の相関関係である.この結果,刺激映像を2秒間提示した場合にはそれぞれの相関に有意差は見られなかった.しかし,提示時間を5秒間とした場合には,いずれも1%水準における有意差が現れた.

表3 2秒間の刺激提示時における,質問1に対する他質問の偏回帰計数とt値
2秒間の刺激提示時における,質問1に対する他質問の偏回帰計数とt値

表4 5秒間の刺激提示時における,質問1に対する他質問の偏回帰計数とt値
5秒間の刺激提示時における,質問1に対する他質問の偏回帰計数とt値

2秒間という短い時間での画像提示では有意差が現れないが,5秒間の画像提示ではそれが現れる.この結果を考えるに,提示時間2秒という条件ではうまく差が出ない何らかの理由があると考えられる.しかし,それぞれの結果の平均と標準偏差を見ると,双方に明確な違いは見えてこない.そこで,この結果を考察するにあたっては,提示された全刺激映像の一つ一つについて個別に,被験者が下した判断と突き合わせて検討してみることにした.

これを踏まえて,計40種の刺激映像の一つ一つに対しなされた全設問の選択肢について,
・ 選択肢1を回答したものが何人,
・ 選択肢2を回答したものが何人,・・・
と,どの回答にどれだけの人数が「これが最も適切な答え」と判定したか,各設問・各選択肢ごとの得票数別に集計した.

その結果から,
Q5:「その状況において自分が出す速度」
について,提示時間が5秒間という条件下において,比較的行動速度が高速側に傾くという傾向が見られるように思われた.これについては,5秒間という状況を観察する時間的余裕があればこそ,「より多くの情報を得ることができるが故の安心感」が生じるためとも解釈できる.

また,映像によっては,
Q3:「その状況に対する注意の向け方」
について,提示時間が5秒間という条件下において,注意の集中度が複数の箇所に移るという場合もあった.

しかし,いずれの場合においても,「危険感」そのものを尋ねる質問についてはさしたる変化はほとんど見られなかった.このことは危険感受性の教育・訓練にあたって,用いる刺激の定時時間がさしたる重要性を持たないという可能性を示唆している.「一瞬の出来事」を想定しようと,じっくり観察する時間を与えようと,そこから導き出される危険感の違いは小さいということになる.もしこれが事実だとすれば,危険感受性訓練の方法論そのものを見直す必要が出てくることであろう.

○ 結論

刺激画像の提示時間が異なる条件のもと,危険感の判断とそれに付随する要因を問う質問との重回帰分析の結果により,

・ 静止画像により危険感受性を計る場合,画像刺激の定時時間が短い場合よりも,長い時間を取ったほうが,危険判断とそれを決定付ける種々の要因との相関が高く出る可能性があると考えられる.また,危険感自体は映像の提示時間,すなわち情報収集の可能な時間の長さには必ずしも左右されない.
・ 危険感の判断は,次にとる行動としての運転速度の決定と結びついている可能性がある.

○ 今後の展望

今回の実験では,被験者の絶対数が少なかったこともあり,質問間の相違が小さくならざるを得なかった感がある.また,設問内容及び回答選択肢についても,危険感の判断要因と結びつくものを特定するためには一考の余地がある.特に,「被験者が刺激映像のどこに注目しているか」という問題については,「文書化された選択肢の中から一つだけ選び出す」という形式ではおのずと無理が生じやすい.今後の実験ではそれぞれの刺激映像について,被験者に「具体的にどんな部分に注意したか」という質問をするなり,あるいはアイカメラなどの器材を併用するなどの手法を検討すべきであろう.また,静止画像の最大の難点は「その状況の前後の脈絡が理解しにくい」ことにある.今回の実験では危険感受性が必ずしも映像伝達の方法に依存しない可能性を示唆しているが,この問題は重ねて検討すべきであろうと思われる.あるいは,静止画像と動画刺激を用いた場合との差をも検討してみる必要もあるだろう.その他,刺激映像の状況についても,天候や時間帯などの違いについても調査を進めておきたいところである.

○ 引用・参考文献

・ 日本交通心理学会編:安全運転の心理学2 新しいドライバー教育の方法と実践,企業開発センター交通問題研究室;清文社,42-71(1988)
・ 日本交通心理学会編:人と車の心理学Q&A100,企業開発センター交通問題研究室;清文社,120-123,204,(1993)
・ 総務庁:平成11年度交通安全白書
・ 鈴木大輔:交通場面と危険評価に関する一研究,早稲田大学人間科学部平成11年度卒業研究論文
・ 中部日本自動車学校:絵で見る運転教本
・ Sivak, M.: Cross-Cultural Differences in Driver Risk-Taking, Accident Analysis & Prevention, Vol.21, No.4, 355-362, (1989)
・ (財)交通事故総合分析センター編:平成10年度版ビジュアルデータ −図で見る交通事故統計−,大成出版社(1999)


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