早稲田大学石田研究室


危険判断の脳内処理の分析

清水 利博


ドライバーのメンタルモデル

brown,E.L.らの視覚情報処理モデルは,動きに関した情報伝達として知覚第1段階の第1次知覚,中心視による情報伝達として第2段階の第2次知覚,それに続く高次認識を設定し,情報が選択的に伝達される機構を表している.

視覚情報処理モデル
図1 視覚情報処理モデル

神谷(1996)はこのモデルに触れ,自動車の運転など広い視野についての情報処理が要求される場合,動きに関連した情報処理に対しては運動パターン認識が形成されており,とっさの危険回避や反応などに有効に働いていると推定している.第1次知覚として視点の選択が行われた場合は第2次知覚として視点の特徴情報の入手,認識,行動決定へと処理されると述べている.この視覚情報処理モデルは,交通状況によって異なった処理が行われることを示唆している.

事象関連電位・P300

1964-1965年,異なる複数の施設から標的などの課題関連刺激呈示後に出現する後期陽性成分が報告された.この成分は,刺激提示後約300msec頃にピークを迎えるため,P300と命名された. P300の意味については,P300を記録するためにさまざまな課題が考案,工夫される中で,用いられた課題の性格からdecision-making,stimulus evaluation,postdecision process,cont-ext updatingなど,多様な性格付けがなされることとなった.

記憶走査課題を用いたFord(1979)は,記憶したセットのサイズが大きくなるほどRTは延長したが,P300の潜時はRTの延長よりも軽度だったとしている.この事実は,P300潜時とRTが反映している心理的,生理学的過程が異なっており,P300が多くは刺激評価過程に依存しており,反応過程に依存しているのではないことを示唆している.

目的

図1の視覚情報処理モデルに基づけば,今回の実験で設定する「カテゴリ(安全事態,危険事態,葛藤事態,葛藤事態減衰)」ごとに,異なる情報処理ルートを辿ると考えることができる.

松岡,鶴(1997)は,刺激弁別の際に記憶探索,意味範疇化,情報の変換・連合など複雑な認知処理を行う場合の処理段階にふれ,これらの複雑な処理も広義には刺激弁別の中に含まれるとしている.また,P300の頂点潜時が主に刺激評価を示すことより,交通状況の危険評価における「刺激評価」段階までの時間を検討することが理論的には可能であることが分かる.

これらを総合して考えると,交通状況により異なる情報処理ルートの違いを,反応時間とP300頂点潜時を指標とすることで,各処理段階にかかる時間を検討することが可能と考えられる.

そこで本研究では,交通状況の危険判断過程を,反応時間とP300頂点潜時を指標とし,心的時間分析を試みることを目的とする.

刺激

交通場面の刺激は,「安全事態」「危険事態」「葛藤事態」「葛藤事態減衰」の4カテゴリを用いた.交通場面は,各カテゴリに20種類あり,合計で80種類である(20種類×4カテゴリ).

「危険事態」=交通参加者が,自車の近くに飛び出してくる(明らかに危険と判断可能なもの).具体的には,警告刺激では存在しなかった歩行者や車両が,2枚目の刺激で自車の近くに出現する事象である.

「安全事態」=見通しのよい直線道路の走行(明らかに安全と判断可能なもの).具体的には,交通量の少ない道路での単独走行,あるいは十分な車間距離がとられている追従走行などの事象である.

「葛藤事態」=危険判断に時間を要すると考えられるもの(次の瞬間には危険な状況になりうる場面).具体的には,細街路での交差点,細街路での駐車車両,自車の近くを対象が移動しているもの,対向車が自転車を追い越すために自車に接近するものなどの事象である.

「葛藤事態減衰」=葛藤場面の刺激を減衰したもの用いている刺激は,葛藤場面で呈示されるものと同じものである.ただし,刺激が画像処理により(Adobe社のPhotoShop ver5.5を利用)ひどくぼやけたものとなっており,注意深く観察しないと,どのような交通状況下を理解することはできない.

日時・場所・装置

実験日時

12月25日から30日

場所

早稲田大学人間科学部校舎570実験室内シールドルーム

被験者

早稲田大学大学院生および学部生,11名(男性7名,女性4名),平均年齢 23.8歳(SD±1.7),運転免許の有無,運転経験の有無は不問とした.

測定装置・記録機器・刺激呈示装置

日本電気株式会社 多用途脳波計 EE-1000 SYNAFIT
光ディスク記録装置 TEAC DIGITAL REC-ORDER DR-M
刺激呈示装置 (株)岩通アイセルAVタキストスコープ IS-7201

実験手続き

今回の実験では,2枚の静止画像を対にして,1つの交通場面を表現する.

刺激提示のタイミング
図2 刺激呈示

図は,刺激呈示のタイミングをあらわしたものである.警告刺激が900ms呈示され,100msの暗転の後,命令刺激が呈示される.警告刺激,命令刺激,反応で一試行とした.試行間間隔は2000msである.

実験は全部で5ブロック行った.各ブロックに3セッション含まれており,1セッションは16試行である.ブロック内の各セッションでは,同じ刺激群を呈示順を変えて呈示した.ブロック間では,異なる刺激群を用いた.なお,休憩は,ブロック間が5分.セッション間は被験者が恣意的に決められるようにした.

課題

被験者に与えられる課題は,命令刺激が呈示された後,危険か安全のどちらかのボタンを押すことである.危険・安全に対応するボタンの割り当ては,被験者間でカウンターバランスをとった.

教示

被験者には,上記の課題について,できるだけ早く,かつ正確に反応するように求めた.危険か安全かの判断は,個人の判断に基づいて行うよう説明した.

記録

電極は銀-塩化銀電極を用い,国際電極配置法(10-20法)に従い,Fz,Cz,Pz及び両側耳朶に装置した.脳波は両側耳朶連結を基準としてFz,Cz,Pzより時定数5秒で単極導出した.同時にartifact監視のため,垂直水平眼電図を記録した.また,AVタキストスコープから警告刺激,命令刺激,キー反応をデジタル出力した.

脳波,眼電,タキストスコープからの信号はサンプリング間隔5msで光ディスク記録装置に記録した.

P300頂点潜時の決定法

脳波は,警告刺激呈示開始時をトリガーとして,一試行づつCRT上で脳波を確認し,大きな眼電,アーティファクトの含まれていない脳波に限り加算平均処理した.なお,加算平均対象は,警告刺激呈示前1000ms,呈示後2000msとした.

P300潜時は,Time Window内で最大電位に達した地点を頂点潜時とした.Time Windowは,個人ごとの加算平均波形,カテゴリ別の加算平均波形,全カテゴリの加算平均波形を参考にし,P300頂点が確認できた警告刺激呈示後300msから550msの間とした.

結果

反応時間

反応時間(Reaction Time;RT)は,2つの類型に分かれたので,これを別に分析することにした.2つの類型を,便宜的に「安全型」群,「葛藤減衰型」群と呼ぶ.

表1 「安全型」群 RT分散分析表
安全型RT分散分析表

カテゴリ(4)×セッション(3)の2要因分散分析の結果,カテゴリの主効果のみが有意であった.下位検定の結果,下図のように有意差が認められた.

安全型RT平均値
図3 「安全型」群 RT平均値

下位検定の結果,上図の線で結ばれたカテゴリ間で有意差が認められた((安全)―(危険,葛藤,葛藤減衰)間).

表2 「葛藤減衰型」群 分散分析表
葛藤減衰型分散分析表

カテゴリ(4)×セッション(3)の2要因分散分析の結果,カテゴリの主効果,セッションの主効果が有意であった.下位検定の結果,下図のように有意差が認められた.

葛藤減衰型RT平均値
図4 「葛藤減衰型」群RT平均値

下位検定の結果,上図の線で結ばれたカテゴリ間で有意差が認められた((安全,葛藤減衰)―(危険,葛藤)).

脳波

P300潜時について,カテゴリ(4)×セッション(3)×RT類型(2)×部位(3)の4要因分散分析を行ったところ,主効果,交互作用ともに有意でなかった.

葛藤減衰型加算平均波形
図5 「葛藤減衰型」群加算平均波形

図は「葛藤減衰型」群におけるセッション1の刺激同期加算平均波形である.部位はPz.

考察

結果より,交通状況によりRTが異なることが明らかになった.また.P300潜時の各条件間に有意差が認められなかったことから,RTの差は,刺激弁別でなく,反応選択に要する時間を反映していることが示された.この反応選択に要する時間の差は,交通状況の複雑さに起因すると考えられる.

なお「葛藤事態減衰」カテゴリにおいては,群間でRTの振る舞いが異なった.これは同一事象に対して,被験者により異なる反応方略がとられうることを示している.

引用文献

brown,E.L.:Perception and the Sence,Oxford Univ.P-ress,336-337,1987
Ford,J.M.,Roth,W.T.,Mohs,R.C.:Event-related poten-tials recorded from young and adults during a m-emory retrieval task. Electroencephalography a- nd Clinical Neurophysiology,47:450-459,1979
鶴紀子著,丹羽真一編,事象関連電位(事象 関連電位と神経情報科学の発展),(株)新 興医学出版社,51-64,1997
柳瀬徹夫編,神谷公一:自動車技術シリーズ 8,自動車の人間工学技術,朝倉書店,137 -146,1996

危険事態,命令刺激例
写真1 危険事態、命令刺激


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