早稲田大学石田研究室


航空機パイロットの離陸時の意思決定に関わるワークロードの検討

大西 正紘


1.はじめに

航空機コックピットにおいては.従来,複数の人間により飛行全過程において体感的に操作が行われていたものが,視覚情報を中心としたものに移行し,飛行管理システム,自動航行システムを管理することが主な役割となった.この作業状況の変化に伴い,巡航中はほぼ自動航行となったために通常時はパイロットのメンタルワークロードは減少した.だが,離着陸時においては自動化は円滑に進まないため,メンタルワークロードは必ずしも減少しておらず,離陸時ではオーバーラン事故などの原因になっている.

米国国家運輸安全委員会(National transportation Safety Board)の調査によれば,約3000回の離陸に1回の割合で離陸中断が発生し,離陸中断のうち約1000回に1回の割合でオーバーラン事故が起きている.この事故の要因として離陸決定速度(V1)付近における故障発生時の意思決定の難しさがある.離陸滑走中,エンジン故障が発生した場合,パイロットは離陸中止か継続かの判断を行う.その基準となる速度がV1である.V1付近での異常発生に対してパイロットが離陸を継続すべきか断念すべきかを決定するための時間は約1秒程しかない.パイロットは計器等の変化を注視しながら,この間に決定しなければならないため,ワークロードは急激に上昇し,誤判断に繋がるヒューマンエラーを引き起こしやすい.

離陸時の中でもV1周辺は通常時,異常発生時共にその課程におけるメンタルワークロードの詳細が明らかになっておらず,運行の安全性の観点より研究の必要性が求められている.本実験ではメンタルワークロード指標である注視行動,主観的負荷,心拍数の測定により,離陸時のパイロットにかかるワークロードを検証する.

2.方法

2-1.被験者

国内航空産業に従事する男性現役パイロット,パイロット経験者10名(平均年齢40.9歳,SD10.9歳,飛行時間300〜19500時間)

2-2.装置

ENRIフライトシミュレータ(CRC総研製)を用いた.このシミュレータは計器類はB747-400のものを元に設計されており,操作器(スラスト,スティック)はエアバス社A320を元に設計され,その他,パノラマスクリーンと固定した操縦席により構成される.風速,風方向の設定が可能である.また,NAC製アイマークレコーダEMR-8を用い,被験者の注視行動を測定した.

2-3.実験条件

滑走路は羽田空港をモチーフにし作成したものを用いた.通常時と異常発生時のワークロード検討のため,故障発生2水準(あり,なし),風速,エンジン故障による負荷を測定するため,風速4水準(0,2,5,7knot),風方向2水準(進行方向左右),エンジン故障2水準(左,右)を条件として設けた.V1は140knotとし,エンジン故障は100knotで発生するよう統制した.

2-4.手続き

シミュレータに慣れるために被験者に自由飛行を行わせた後,練習試行を行わせた.その後,本試行18試行を行わせた.被験者には通常時は実際の運行と同じ状態で飛行を行うように,エンジン故障発生時はRTO(Rejected Takeoff:離陸中断)を行うよう教示を行った.試行中,アイマークレコーダにより,眼球運動を測定し,心拍計により心拍を測定した. 1試行は航空機が最終滑走路に配置された状態から航空機が離陸し,数十メートルに達するまで,若しくは航空機が停止するまでとした.各試行の後にNASA-TLXを行い,主観的評価を測定した.

2-5.解析方法

各試行毎のアイマークデータ,心拍の分析を行った.解析範囲は,スラストを入力した時点から離陸し地上21mに達するまで,もしくはRTOにより航空機が停止するまでとした.被験者のうち,1名は実験装置の不備により分析対象から除外した.

3.結果

3-1.分析方法

2-5で解析した各項目についてアイマークデータについては,注視点分布,注視頻度,平均注視時間,心拍についてはR-R間隔,NASA-TLXについてはNASA-TLX6項目の単純平均であるRTLXについて分析を行った.また,故障が発生しない試行については試行開始から100knotまで,100knotからV1までを分析対象とした.故障が発生する試行については,故障発生前と故障発生後を分析対象とした.被験者について10000時間を境に多経験群(3名,平均飛行時間17033時間)と少経験群(6名,平均飛行時間3367時間)に分類し,それぞれについて分析を行った.

3-2.注視点分布

注視点分布の分析にあたり,以下の9つの部位に分け分類した(図1).注視部位の分析に当っては,計器については主に差の大きい(1)速度計,(5)エンジン計,を対象とした.また,(6)センターライン,(7)センター左,(8)センター右,(9)滑走路外を「前方」とし,合わせて分析対象とした.

区分けされた注視対象
図1 区分けされた注視対象
((1)速度指示器,(2)姿勢指示器,(3)高度計,(4)ナビゲーションディスプレイ,(5)エンジン計,(6)センターライン,(7)センター左,(8)センター右,(9)滑走路外)

スラスト入力後から滑走速度100knotまでと滑走速度100knot からV1までについて速度計,エンジン計,前方の注視点分布についてχ2検定を行った結果,速度計またはエンジン計,前方の全てにおいて差が認められた.従って,100knotからV1までは100knotまでよりも速度計またはエンジン計を注視し,前方はより注視していないことが認められた(図2).

滑走速度別注視分布
図2 滑走速度別注視分布

3-1で分類した多経験群と少経験群において,滑走速度100knotまで,滑走速度100knotからV1までの注視点分布についてχ2検定を行った.その結果,両者とも全風速において,速度計,エンジン計,前方において差が認められた.従って,滑走速度100knotまで,滑走速度100knotからV1までは少経験群は多経験群よりも速度計またはエンジン計を注視し,前方はより注視していないことが認められた.

 

故障発生前後の注視分布
図3 故障発生前後の注視分布

故障が発生する以前(以下故障前)と,故障が発生した以後(以下故障後)の注視点分布についてχ2検定を行った結果,全風速において,速度計,エンジン計,前方において差が認められた.従って,故障後は故障前よりも速度計を注視せず,前方をより注視していることが認められた(図3).

多経験群と少経験群において,故障前と故障後の注視点分布についてχ2検定を行った.その結果,速度計,エンジン計,前方において経験群による有意な差が認められた.従って,故障発生まで,故障発生後について少経験群は多経験群よりも速度計,エンジン計を注視し,前方はより注視していないことが認められた.

3-3.平均注視時間

スラスト入力後から滑走速度100knotまでと滑走速度100knot からV1までについて検討を行った.滑走速度,風速を要因とした2要因分散分析の結果,滑走速度による差のみ認められた.従って,風速に関わらず,滑走速度100knotまでよりも,V1までの方が平均注視時間が短いことが確認された.

故障前と故障後について検討を行った.故障発生前後,風速を要因とした2要因分散分析の結果,故障発生前後による差のみ認められた.従って,風速に関わらず,故障発生前よりも故障発生後の方が平均注視時間が長いと言える.

多経験群と少経験群について,滑走速度別,故障発生前後いずれにおいても,風速と,操縦経験群を2要因とした分散分析を行った結果,主効果はなく,経験による差も見られなかった.以上より,平均注視時間は故障発生前後において,操縦経験群による差がないことが確認された.

3-4.注視頻度

スラスト入力後から滑走速度100knotまでと滑走速度100knot からV1までについて検討を行った.滑走速度,風速を要因とした2要因分散分析の結果,滑走速度による差のみ認められた.従って,風速に関わらず,滑走速度100knotまでよりも,V1までの方が注視頻度が大きいことが確認された.

故障前と故障後について検討を行った.故障発生前後,風速を要因とした2要因分散分析の結果,故障発生前後による差のみ認められた.従って,風速に関わらず,故障発生前よりも故障発生後の方が注視頻度が少ないと言える.

多経験群と少経験群について,滑走速度別,故障発生前後いずれにおいても,風速と,操縦経験群を2要因とした分散分析を行った結果,主効果はなく,経験による差も見られなかった.以上より,注視頻度は,経験群による差がないことが確認された.

3-5.心拍(R-R間隔)

各被験者について安静時と試行開始から100knotまで,100knotからV1までのR-R間隔を検討した.その結果,安静時と100knotまでの場合と,安静時とV1までの場合において有意な差が見られた.しかし,風速や経験群による差は見られなかった.以上より,安静時と100knotまでまたはV1までにおいては安静時よりR-R間隔が有意に低下し,ワークロードが安静時に比べて増大していることが示された.

故障発生前後についてR-R間隔を検討した結果,安静時と故障発生後,故障発生前と故障発生後において有意な差が見られた.しかし,風速や経験群による差は見られなかった.以上より,故障発生後においては安静時よりR-R間隔が有意に低下し,ワークロードが安静時に比べて増大していることが示された.また,故障発生前と故障発生後の R-R間隔に有意な差が見られたことから,故障発生前よりも故障発生後の方がワークロードが増大することが認められた.

3-6.主観的評価

NASA-TLX6項目の単純平均であるRTLXについて故障発生(あり,なし)別,風速別,操縦経験群別により検討を行った.その結果,故障発生別,風速別については有意な差は見られず,経験者群について,少経験群よりも多経験群の方が高いことが認められた.また,故障が発生する試行についても,少経験群よりも多経験群の方がRTLX値の方が高いことが認められた.以上により,主観的評価からは多経験群の方が少経験群よりもワークロードをより高く感じることが言える.

4.考察

滑走速度別については以上の結果から,V1に近づくにつれて,エンジン計の様子に注意しながら,速度計の変化にも注意し,滑走路の走行状況にも注意しなければならないという複雑な情報処理を要求されることが言える.この理由としては,以下の内容が考えられる.V1に近づくにつれて,故障が発生した場合の対処の遅れが事故に結びつく可能性が高くなり,センターラインの保持からエンジン計に注意を払わなければならなくなった.しかし,離陸継続のためにセンターラインを保持する必要があることから,結果的に1回あたりの注視時間を短くして,頻度を増加させて対応していた.

故障発生前後に関してはRTOに対処するため,その注視様式が変化すると言える.この理由としては,故障発生速度が100knotであるため,故障発生前は100knotまでと同様に主にエンジン計,速度計,前方を中心に注視する.しかし,故障発生後はRTOを成功するように教示しているため,計器類を見る必要はほとんど無く,センターラインの注視を主に行うということが考えられる.注視様式が変化したのであれば,画面の注視割合が増加し,平均注視時間が増加する反面,注視頻度が減少する理由の説明が可能である.

また,故障発生後において,平均注視時間が上昇,注視頻度が下降している.以上より,前方から計器類への注視の移動が減少すると考えられ,故障発生後において視覚的なワークロードが減少するといえる.

R-R間隔について,安静時と故障発生前においては有意な差は見られなかったが,安静時と故障発生後,故障発生前と故障発生後においてはそれぞれ故障発生後が有意に低下し,ワークロードが増大することが示された.R-R間隔は認知的,身体的双方のワークロードを反映すると言われている.以上の結果の理由として, RTOに伴うセンターラインの維持に際して,身体的にワークロードが増大し,その増大が過大であったために安静時,故障発生前に対して心拍が有意に低下したことが考えられる.

視覚的な要因によるワークロードは故障発生後に減少するが,身体的,認知的双方のワークロードを反映する心拍が,故障発生後に有意にワークロードを増加させる値を取る.以上から,故障発生後は全体的にワークロードは増加し,その中でもセンターラインの維持に関する操作器操作等に伴う身体的なワークロードが増加すると考えられる.

経験による注視点分布は少経験群は多経験群よりも計器をより注視することが認められた.また,主観的評価は少経験群の方がよりワークロードを少なく感じていることが認められた.以上より,多経験者は比較的高齢であり,シミュレータ各装置について覚える余裕がないため,必要なポイントしか注視することができない.しかし,少経験者は逆にシミュレータ各装置について覚える余裕があったため,100knotまでの区間においても各装置を見る余裕があった可能性が考えられる.

5.結論

1.V1に近づくにつれて,速度計,エンジン計,前方の3者を同時に注意しなければならないという複雑な情報処理を要求される.
2.故障発生前よりも故障発生後の方が全体的にワークロードが上昇し,その中でも身体的ワークロードがセンターラインの維持に関する操作器操作により高くなる.
3.経験が多い群に比べて少ない群が計器類を注視する割合が高い.

参考文献

1)NTSB. Special Investigation Report - Runway overruns following high speed rejected Takeoffs, SIR-90/02, 1990.
2)三宅晋司,神代雅晴,メンタルワークロードの主観的評価法−NASA-TLXとSWATの紹介および簡便法の提案−,人間工学, Vol.29, No.6, 399-408,1993.
3)Itoh,Y. and Hayashi, Y., The ergonomic evaluation of eye movement and mental workload in aircraft pilots,Ergonomics,Vol.33, No.6, 719-733, 1990.


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