早稲田大学石田研究室


バリエーションツリーによる交通事故の分析

神田 直弥


1.はじめに

平成9年度における道路交通事故(以下交通事故とする)の件数は780,399件で死者数は9,640人,負傷者は95,8925人となっている.死者数は2年連続して1万人を下回っているが,交通事故件数および負傷者数は増加傾向にあり,依然として厳しい状況が続いている.

なおこれらの事故の原因は,道路交通システムを構成する人−環境−車両のうちの「人」が大部分を占めるといわれており,Treatらによれば,事故原因の90%程度は人間に帰結されるという1).この値は近年多くの産業分野を始めとする多くの分野にて共通認識の得られている事実であることから妥当な数値であり,交通事故に関しても人間を重点的に研究する必要性があることを示している.

ところで交通事故の分析はその方法から統計的分析と事例分析に分類することができる.統計的な分析は事故原票の分類等により事故の傾向や趨勢を把握しようとするものである.統計的分析が注目しているのは誰が(Who),いつ(When),どこで(Where),どのような(What)事故を起こしたのかを明らかにすることである.これにより交通事故全体のうちで特に問題となるポイントを明確にすることが可能となる.

一方で事例分析は統計的分析にて指摘された問題点に対して焦点を絞り,比較的少ないデータをもとに事故の原因,要因や再発防止対策を検討していこうとするものである.事例分析では事故がどのようにして(How)発生したのかを明らかにすることが目的となる.この際に事象の連鎖を追究する方法が選択される.ただし人的要因分析の場合,多くの情報は運転者の供述に頼らなければならない.したがって当事者が死亡もしくは重傷により供述が取れない場合や,供述の信憑性に欠けている場合には信頼性の高い分析が行うことができない.それゆえ従来の人的要因分析では,事故原因や直前の行動を認知,判断,操作エラーに分類して事故のパターンを明らかにしたものが多かった.もちろん事象の連鎖を追究した研究もあるが,このような事例分析には画一的な方法が存在しておらず,分析の結果を文章記述するものや,独自のダイアグラムを定めてフローで記述するものが多い.しかしこれらの方法では分析のプロセスが不透明になりやすく,結果を素直に受け入れ難くなる可能性がある.


2.目 的

Leplatらによって開発された手法であるバリエーションツリー2)を交通事故の人的要因分析に適用できるような形式に改訂し,事例分析に適用して有効性を検討する.なお事例分析を行うに当たっては財団法人交通事故総合分析センターのミクロデータを用いることとした.また取り扱う事例は原則として交差点事故とした.それ以外の類型としては単独事故を試み的にとりあげるにとどめた.


3.バリエーションツリーとは

バリエーションツリーは事象の連鎖を追及する手法であるが,連鎖の中での「変化」を特に強調した手法である.この手法では事故は通常の作業状態,もしくは習慣的な作業状態の中で発生した,いくつかの逸脱や変動の結果として発生すると考える.通常,事故を分析する際には事故の発生を追う,つまり発生状況を振り返ることになるが,この際に原因を同定することに努力を払うのではなく,「通常とは異なるもの」に着目する2).この通常とは異なるものは変動要因(ノード)と呼ばれる.

バリエーションツリー作成方法の概要は以下の通りである3).

(a)通常から外れた状態,作業,判断,行動等の変動要因(ノード)を中心に時間軸に従って,横のつながりが判るように並べる.その際,正常から外れたものか否かを明確にするために正常から外れたノードは太線,正常なものは細線の四角で囲み,番号を打っておく.
(b)同じ個人または器材,システムは別個の一線として並べる.
(c)関連するノードをANDゲートによりつなげる.不明のときはORゲートによってつなげてもよい.
(d)異なるラインの要因間のコミュニケーションに関しては両矢印で結ぶ.
(e)状況を理解する上で,より細かい説明が必要なノードには「説明」として欄外にそれを記載する.
(f)事象全般にわたって影響を及ぼしている要因に関しては,「前提条件」としてツリーの下部に記載しておく.「前提条件」と直接的に関連するノードの脇に「前提条件」番号を打っておく.
(g)排除ノードの選択:事故事象の直接的あるいは間接的な原因となった要因を排除することにより事故を防止する.この場合,排除することが可能か,また容易かを考慮する必要がある.また排除ノードは単一でなく,複数であることが望ましい.
(h)ブレイク箇所の選択:事故へと至るノードの連鎖,つまりノードからノードへの流れを断ち切ることにより事故を防止する.この場合にも,排除ノードと同様に可能性,容易性等について検討する必要がある.
(i)対策を考えるときは,できるだけ現場の作業者の意見と創意工夫を引き出すと共に,従来の作業との適合を図る努力を払う必要がある.

4.分析手法の比較検討

バリエーションツリーは現在事後分析の一手法として位置づけられている.分析手法という視点から見た場合,バリエーションツリーが現段階で交通事故の人的要因分析のツールとして必ずしも優れていると断言することはできない.そこで近年比較的よく用いられている他の4つの手法とあわせ,合計で5つの手法を用いて,交通事故5事例を分析し,分析結果をもとに各手法の利点と問題点を検討し,総合比較の形でバリエーションツリーの現時点での有効性および問題点について検討した4).なお用いた手法は以下の通りである.

・バリエーションツリー  時系列的手法
・ETA (Event Tree Analysis) 時系列的手法
・FTA (Fault Tree Analysis)  要素分解的手法
・なぜなぜ分析  要素分解的手法
・特性要因図  要素分解的手法

この結果,要素分解的な手法では分析が困難であることが明らかになった.要素分解的な手法は運転者の行動を複数の要素に分解し,階層的に記述していくものである.したがって本来分析結果は末広がりの結果となる.しかし1人の運転者の事故にいたるわずかの時間の間に発生した一連の運転行動を要素分解して階層的に記述しても,それぞれの要素に特定の理由が存在しているとは考え難いため,結果として同じ要因に収束する傾向があった.これでは意味がない.これに対して時系列的な手法では事故発生経緯を比較的分かりやすく示すことができたものの,ツリー中に記述できない情報が存在しており,これらの情報を欄外に記述しなければならない問題が指摘された.またETAに関しては,ツリーが成功・失敗の背反事象でしか定義できないため,記述が困難な情報があることや,定義の段階でバイアスがかかる可能性があることが指摘された.よって作成時にこのようなバイアスのかかりにくいバリエーションツリーを補強するのが良いという結論に達した.

なお現段階でのバリエーションツリーの問題点は以下の通りである.
1)ツリー中に記述すべき情報と,欄外に記述すべき情報の定義をすること
2)ツリー中に記述すべき情報のしょう再度を定義すること
3)変動要因(ノード)の定義をすること

5.バリエーションツリーの改訂

上記の指摘を受けて,バリエーションツリーを以下のように改訂した.
1)運転者の軸を左右に配置し,中央に物理環境の軸を置く
2)運転車軸には各運転者の心身状態,認知,判断,操作の一連の行動とそれに伴う車両の挙動の変化を記述する
3)これらの変更に伴い,今まで1種類のダイアグラムのみで作成していたものを,4種類のダイアグラムを用いて分類し記述することとする
4)前提条件の一部として運転者の属性,事故現場の特性を記述する
 ただし変動要因(ノード)の定義に関しては保留とした.なお,バリエーションツリーの基本型は図1の通りである.

バリエーションツリー基本型
図1 バリエーションツリー基本型

6.バリエーションツリーによる実証的記述性の検討

改訂を加えたバリエーションツリーを用いて人的要因分析を行った場合に,分析者によって分析結果にどれくらいばらつきが出るのか明らかにすることを目的に,交差点出会頭事故,右直事故それぞれ1事例について7名の被験者に分析を依頼した.結果として12の分析結果を得たが,著者が予め作成したものとは,かなりの差異が見られた.そこでこれらの差異を意味的に7つのカテゴリーに分類し,それぞれのカテゴリーに関して,分析結果を一致させるような条件を追加した.この時点で変動要因(ノード)に関しては「交通ルールからの逸脱」と定義することとした.

ここで行われた再改訂をもとに,再度別の7名の被験者に先ほどと同一の事例の分析を依頼した.差異に関して注目した場合,今回の分析結果は前回と比較してある程度少なくなったものの,完全に一致するには至らず,ダイアグラムのステップの刻み方が異なることや,変動要因(ノード)となるような情報が抜け落ちることもあった.

ただし分析結果が一致しない問題に関しては,従来より他の手法も抱えていたものであり,Poucetは専門家が行った分析でも結果は一致しないこと,また現段階では結果を一致させることは不可能であることを指摘している5).よって分析結果の不一致が即座にバリエーションツリーの欠点と言うわけにはならない.特に道路交通システムは運転者にとって自由度の高いシステムであり,標準的な運転方法が存在していない.よってステップの刻み方等はLeplatが指摘するように,個人のメンタルモデルにあうように行われていた6)と考えるのが妥当であろう.したがってバリエーションツリーを用いて分析を行う際には,同一の事例を複数の分析者によって分析し,分析結果を比較しながら不足部分を補っていくような方法が必要であろう.

7.事例分析

ここでは分析結果が分析者によって異なることはとりあえず考慮に入れずに分析を進めることとした.分析した事例は出会頭事故12件,右直事故11件,四輪車対歩行者もしくは自転車事故4件,単独事故3件の計30件である.ここでは各事例について分析をし,変動要因(ノード)および排除ノードを明らかにした.また事故類型別に総括をして,対策の視点について検討した.ここでは2件の分析結果について示す.
 事例1は止まれ標識の設置してある交差点を通過するにあたり,一旦停止して左右の確認をしたA車運転者がB車を発見できずにそのまま交差点に進入し,交差点左方より進行してきたB車と衝突したものである.

バリエーションツリーによる分析の結果,A車運転者の排除ノードは「交差車両なしと判断」したこととなった.当該交差点は登り勾配路の頂上に位置しており,ガードレールも設置されていることから交差道路の見通しは悪く,またB車はガードレールと同様に白色であったこともあり,高齢者であるA車運転者にはB車の発見は困難であった可能性がある.しかし事故の再発防止の視点からみた場合,ここで対策を施す以外に対策策定可能な場所はないため,この時点でB車の存在に何とかして気づかせる必要がある.

一方でB車運転者の排除ノードは「等速(50km/h)で交差点に進入」したことである.B車運転者は衝突手前50mでA車を発見していたが,急いでいたこと,また相手側に止まれの標識が設置されているのを知っていたこともあり,相手車両が停止すると判断している.確かにB車走行道路は優先であり,相手が停止すると判断すること自体に問題があるとはいえないが,本事例ではB車運転者は事前にA車を認知しており,交差点通過に際し減速等の行動をとることは可能であると判断されるため,ここでは「等速で交差点に進入した」ことが排除ノードとなる.

事例1分析結果
図2 事例1分析結果

事例2は信号「赤」に変化し,対向車が停止したのを確認したB車運転車が右折を開始したところ,停止車両の隣の車線から交差点に直進進入してきたA車と衝突したものである.

バリエーションツリーによる分析の結果,A車運転者に関して排除ノードは3つとなった.A車運転者は交差点手前で信号「赤」を認知し,中央よりの車線を走行していた先行車が停止したのを認知している.しかし「自車は交差点を通過できると判断」し「等速(60km/h)で進行」,「安全確認せず交差点に進入」している.これら一連の行動が排除ノードとなる.

しかしこのようなA車運転者の行動がrisk-takingなのかは議論の余地がある.A車運転者が信号「赤」を認知したのは図F.31のA1の地点である.A車はB車に60km/hで衝突していることから,交差点に接近する段階での速度である60km/hを維持しつづけ,そのまま交差点に進入していることになる.よってA1の地点でも60km/hであり,この地点から減速を開始したとしても交差点に必ず進入してしまうことになるので,A1の段階でのA車運転者の行動はパフォーマンスのレベルには問題のあるものの,少なくともその判断は誤りとはいいきれない.したがって真に追究しなければならないのは,これ以前のA車運転者が信号「黄」を確認したときの判断,行動である.しかしA車運転者がいつ信号「黄」を認知したか,その際にどのような判断をしたのかは調査されていないため,ここからは推測となる.

A1の地点で信号「赤」に変化し,またA車の車速が60km/hであることから考えると,信号「黄」に変化したのは,A車が交差点から約50m手前の段階となる.60km/hでの停止距離が44mであることから,50mで停止するためには急ブレーキに近い減速が必要となる.また60km/hでは1秒間に約17m進むから,仮に減速しようという判断が0.5秒遅れたとしても,交差点で停止することはできなくなる.よって信号「黄」の段階でのA車運転者の判断も必ずしもエラーとはいいきれない可能性が高い.それでもなおA車運転者の交差点進入時の一連の行動を排除ノードとしているのは行動を改めるという意味ではなく,このような行動自体が存在しなければならないことを排除するという意味である.

B車運転者の排除ノードは「安全確認せず右折を開始」したことである.信号が「赤」に変化しており,対向車が停止するのを確認しているので,対向車がすべて停止するだろうと判断したことは問題があるとはいいきれない.しかし右折を開始するに際し,安全確認をしなかったことは改善の余地があると思われるため排除ノードとなる.

事例2の分析結果
図3 事例2の分析結果

8.まとめ  ―バリエーションツリーの有効性―

バリエーションツリーを交通事故の人的要因分析に適用できるような形式へ改訂を行い事例分析を行った結果,バリエーションツリーの利点として以下の6点が示された.

1)事故発生経緯をダイアグラムを用いて明確に記述することができ,事故発生状況を再現することができる
2)発生状況を明確にした上で,どの辺りに問題があるかを示すことができる
3)環境要因とヒューマンエラーの関係を明確に把握することができる
4)ヒューマンエラーを引き起こした背後要因をエラーに結びつけて記述することができる
5)全体の時間の流れを把握することができ,発生経緯を理解する上での疑問点を指摘することができる
6)排除ノードを検討することにより,事故の工学的対策を提案することができる

9.限界および今後の展望

反対にバリエーションツリーの限界として意かの3点が示された.

1)当事者の供述の信頼性の検証は困難である
2)背後要因をエラーに結びつけて記述することはできるが,実際にどの程度影響を及ぼしているのかを明らかにすることはできない
3)単独事故や,比較的短い時間の間に発生した事故の分析は困難である
 なお今後の課題としては,他の類型の事故の分析を行う必要があること,バリエーションツリーによる分析結果を多くの事例間にて比較することを可能にするために,各事例での変動要因(ノード)を背後要因を考慮に入れた上で分類的に記述する必要があること,背後要因の影響や変動要因(ノード)間の因果関係を定量的に捉える必要があるだろう.

参考文献

1)Treat,J.R., Tumbas,N.S., McDonald,S.T., Shinar,D., Hume,R.D., Mayer,R.E., Stansifer,R.L. & Castellan,N.J.: Tri-level study of the causes of traffic accidents: final report Volume1: Causal Factor Tabulations and Assessments, Report No.DOT-HS-805085 (1979)
2)Leplat,J. & Rasmussen,J.: Analysis of Human Errors in Industrial Incidents and Accidents for Improvement of Work Safety, In Rasmussen,J., Duncan,K. & Leplat,J. (Eds.) New Technology and Human Error, John Wiley & Sons, pp.157-168 (1987)
3)黒田勲: 対策指向型の災害分析手法を考える!, 大成建設株式会社 (1994)
4)神田直弥, 神田幸治, 石田敏郎: バリエーションツリーによる交通事故の分析(その1)―その有効性の検討−, 日本交通心理学会第57回大会発表論文集, pp.43-44 (1998)
5)Poucet,A.: Survey of Methods Used to Assess Human Reliability in the Human Factors Reliability Benchmark Exercise, Reliability Engineering and System Safety, Vol.22, pp.257-268 (1988)
6)Leplat,J.: Some Observations on Error Analysis, In Rasmussen,J., Duncan,K. & Leplat,J. (Eds.) New Technology and Human Error, John Wiley & Sons, pp.311-316 (1987)


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