早稲田大学石田研究室


自発的コミュニケーションが安全確認行動に及ぼす影響

小島 利々子


1.目的

我が国の労働災害は逐年減少傾向にあるものの災害発生率はここ数年ほぼ横ばい状態である。建設業の事故は一旦発生すると重篤なものとなる傾向が強い。また建設作業現場では些細なコミュニケーションの不具合が大惨事を引き起こすこともある。臼井1)は人間の思い違いに起因するヒヤリハット事例を収集、分析した結果、災害の重要な原因のひとつとして、「コミュニケーション・エラー(情報が正しく伝達しないことによるエラー)」を挙げた。その後江川ら2)は、コミュニケーション・エラーが原因である建設労働災害事例を分析、収集し「場所」・「時間」・「作業目的」という3つのKey Wordで分類、モデル化を行った。そのモデルは、災害原因を作った作業者の「場所」・「時間」・「作業目的」と、被災した作業者の「場所」・「時間」・「作業目的」が同一であるか、異なるかで8通り(=23)が考えられるが、建設業における労働災害は6通りに収まるとした(表1)。

表1 各モデルと「場所」「時間」「作業目的」の関係
各モデルと「場所」「時間」「作業目的」の関係

さらに、江川ら3)は、その中で災害事例が多かったモデル1(「場所」・「時間」が同一、「作業目的」が異なるケース)を対象として、共同作業時におけるチーム相互間のコミュニケーションとエラー発生過程の関係を明らかにすることを目的とした実験を行った。この実験の中で発生したコミュニケーション・エラーのうち約7割が、何らかのコミュニケーションが採られていたにも関わらず発生したエラーであった。コミュニケーションが採られていたにも関わらずエラーが発生した原因として、江川らは、まず、コミュニケーションの発信者が受信者を特定しなかったために一方的伝達に留まってしまったこと、次に情報が正確に伝達されたというフィードバックが、受信者から発信者にされなかったことの2点を挙げた。

受信者を特定せず、また発信者にフィードバックを与えないことにより起こるコミュニケーションの無効化・形骸化を防止するために、井達4)は「コール・ルール」というコミュニケーション・ルールを設定し、同様の実験を行った。「コール・ルール」とは、2人同時進入禁止領域を通過する際、コミュニケーションの発信先である相手チームのメンバーに、背番号と共に通行する意図があることを伝え、指名された者は、相手のコミュニケーションの内容が伝達されたことを伝える、というルールである。

井達の実験では「コール・ルール」を課した条件において、そのほとんどで、コミュニケーションが採られていたにも関わらずエラーが多発していた(図1)。そして、「コール・ルール」によるコミュニケーションはエラー防止に有効ではなく、被験者間の自発的なコミュニケーションの方がエラー防止に有効であるという結論が得られた。

「コール・ルール」の有無とエラー発生件数(1999年)
図1 「コール・ルール」の有無とエラー発生件数(1999年)

エラー防止に有効であると予想された「コール・ルール」は、逆にエラーを多発させることになってしまった。その理由として、エラーとは何か、ということが被験者に理解されていなかった可能性を指摘している。そこで、エラーに関する情報をあらかじめ与えたのであれば、被験者の意識に変化をもたらし、コミュニケーションの採り方にも変化が生じると予測される。

本研究では、本来、双方向間でのコミュニケーションが成立すると仮定された「コール・ルール」が、何故エラー防止に有効でないのか、ということをさらに解明することを目的とした。すなわち、「エラー」に関する情報を事前に提示し、「エラー」に対する意識を高めさせた上で同様の実験を行い、安全に対する有効なコミュニケーションの有り方を、安全確認行動の出現頻度から検討することを目的とした。

2.実験

2-1 実験日時

2000年8月31日、9月1・4・5日

2-2 実験場所

労働省産業安全研究所 環境安全実験棟内人体防護実験室

2-3 被験者

大学生・社会人24名(平均年齢21.2歳)

2-4 実験内容

図2のような流れで実験を行った。実験前に被験者全員に対し、組立作業場とは別の実験室で「エラー事例の提示」を行った。ここでは、OHPを使用しながら、実験内容の説明と、エラーとなるべき状況に関して説明し、4つのエラーパターンの存在を示した(図3)。

実験の流れ
図2 実験の流れ

4つのエラーパターン
図3 4つのエラーパターン

さらに以前の実験記録から作成したエラーシーンを集めたビデオを使用しながら、4つのエラーパターンの解説を行った。この後、いくつかのエラーシーンを再生し、どのエラーパターンに当てはまるかを、演習問題形式で解答してもらった。

「エラー事例の提示」の後、組立作業を行う実験室に移動し、各2名で構成される2つのチームに子供用玩具の組立作業をさせる実験を6実験行った。組立作業台・組立図置場・組立部品置場を図4のように配置し、一方のチームが組立部品を取りに行く時、他方のチームの領域の一部(以下、クロスエリアとする)を通過しなければならないようにした。

実験領域の平面図
図4 実験領域の平面図

このクロスエリアに両チームのメンバーが同時に立ち入った場合をエラーとした。また3実験には、相手チーム側のクロスエリアに進入する際に相手チームのメンバーの背番号を指定し通行の意図があることを述べ、指名された者は内容を了解した旨を発信者に伝達する「コール・ルール」というコミュニケーション・ルールを設けた。

2-5 データ集計・解析方法

被験者の行動と音声をビデオカメラで撮影し、4画面分割装置を通して1本のVHSビデオテープに記録した。全6実験の画像を再生し、エラー場面の抽出を行った。さらに、作業台から組立図置場への移動(以下、「縦の動き」とする)と作業台から組立部品置場への移動(以下、「横の動き」とする)の間に行われた安全確認行動を「縦の動き」6項目、「横の動き」8項目に分類し、全6実験の安全確認行動を観察した。

3.結果

3-1 エラー発生件数

観察されたエラーは23件であり、全てが「見越し型」エラーであった。「エラー事例の提示」の有無によるエラー発生件数についてt検定を行ったところ、両条件間に有意な差が見られた(両側検定:t(16)=3.62,P<.01)。「コール・ルール」の有無によるエラー発生件数について同様にt検定を行ったところ、両条件の平均の差は有意ではなかった(両側検定:t(2)=1.63, . 10<P)。これは、対象となるデータが井達らの半分であったことに原因があると思われる。しかし、「コール・ルールあり条件」の方が、エラー発生件数が多いという結果は井達と同じであった(図5)。また、「見越し型」エラーを起こした者の動きを観察したところ、「コール・ルールなし条件」では80.0%(4件)、「コール・ルールあり条件」では78.8%(14件)が、作業台からの移動直後でエラーとなっていた。そこで、エラーが発生しやすい作業台からの移動における被験者の行動を調べた。

「コール・ルール」の有無とエラー発生件数
図5 「コール・ルール」の有無とエラー発生件数

3-2 安全確認行動

「縦の動き」では、「後方確認」・「減速」・「一時停止」・「左右確認」・「相手の動きを見ている」・「ついたてからの覗き込み」といった6項目を「縦の動き」の安全確認行動と定義した。また、「横の動き」は、「縦の動き」を行ってから「横の動き」に移る。そのため、相手チームのクロスエリアに立ち入る前の安全確認行動として、「一時停止2」・「左右確認2」という2項目を加えた8項目を「横の動き」の安全確認行動と定義した(各動きは図6参照)。

「縦の動き」と「横の動き」
図6 「縦の動き」と「横の動き」

安全確認行動は、「コール・ルール」の有無に関わらず「縦の動き」よりも「横の動き」も方が多く観察された(図7)。

「コール・ルール」の有無と各動きの安全確認行動率
図7「コール・ルール」の有無と各動きの安全確認行動率

「横の動き」では、「コール・ルールあり条件」の方が、安全確認行動率が高かった。特に相手チームのクロスエリアへの進入時における安全確認行動が多く観察された(図8)。

「コール・ルール」の有無と「横の動き」の安全確認行動率
図8 「コール・ルール」の有無と「横の動き」の安全確認行動率

「縦の動き」では、「コール・ルールなし条件」の方が、安全確認行動率が高かった(図9)。

「コール・ルール」の有無と「縦の動き」の安全確認行動率
図9 「コール・ルール」の有無と「縦の動き」の安全確認行動率

4.考察

4-1 「コール・ルール」の有無と「横の動き」における安全確認行動

両条件とも、「横の動き」では、相手チームの領域に入る必要があるため、行動が慎重になり、安全確認行動につながったと考えられる。「コール・ルールあり条件」の被験者は、相手チームのクロスエリアの手前で「○番さん通ります」という「コール」をすることが多かった。「コール」を発信して指名した相手チームのメンバーから「○番さんどうぞ」という返事をもらう間の約1秒間に「一時停止2」・「左右確認2」をしていたため、「横の動き」において安全確認行動が多く観察されたと考えられる。 「コール・ルールあり条件」では、コミュニケーションの発信と安全確認行動が連動していた可能性があったと思われる。

4-2 「コール・ルール」の有無と「縦の動き」における安全確認行動

「縦の動き」では、「コール・ルールなし条件」の方が、「コール・ルールあり条件」より安全確認行動が多く見られた。「コール・ルールあり条件」では、相手チームのメンバーが進入して来る場合に必ず「コール」がかかるため、「コール」があった場合だけ注意を払えばよいという意識が生まれたのではないかと推察される。それに対して、「コール・ルールなし条件」では、相手チームのメンバーがいつ進入して来るかわからないため、エラーを起こさないよう被験者自身が気を付けていたと考えられる。

4-3 コミュニケーションの発信が安全確認行動に与える影響

「コール・ルールあり条件」では、「コール」をかけることが被験者にとって、第一であると認識されていたと思われる。これは、「見越し型」エラーとなりやすい、始めの一歩に当たる「後方確認」・「減速」といった、自チーム側のクロスエリア進入時の、安全確認行動の少なさから裏付けられる。実験中には、「コール」を発信するために相手チーム側のクロスエリア手前まで一気に移動する場面が度々見られた。つまり、「コール」を発信することに被験者の意識が向き、安全確認行動が欠落してしまったと考えられる。

それに反して「コール・ルールなし条件」ではコミュニケーションに関して、被験者の自主性に任せたことが結果として安全確認行動の増加につながったと考えられる。コミュニケーションが必要であると被験者に判断された場合には、有効なコミュニケーションが採られていたと思われる。また、コミュニケーションがルールとして設定されていなかったため、「コール・ルールあり条件」のように、コミュニケーションに向ける注意を安全確認行動にまわす余裕があったのではないかと思われる。

5.結論

・ 今回の実験においても、井達の実験と同様、「コール・ルールあり条件」において、エラー発生件数が高かった。

また、エラーとなっていない場面の被験者の安全確認行動を観察したことにより、以下の結論が導かれた。
・ 被験者間の「自発的なコミュニケーション」の方が、「コール・ルール」によるコミュニケーションよりも、安全確認行動を増加させ、エラーの抑制につながった。

6.今後の課題

今回の実験から、コミュニケーションは、制約されたり、強制されたり出来るものではないということがわかった。コミュニケーションを発信すること、また、受信することに意識が集中してしまうようなコミュニケーションの形態ではなく、コミュニケーションを発信・受信すると共に安全確認を行うことが出来るようなコミュニケーションの有り方の検討が今後の重要な課題であると思われる。

また、今回は、「エラー事例の提示」を行ったが、エラーに関しての知識を与えただけに留まり、「コール・ルール」設定の理由の説明は行わなかった。安全を守るためにコミュニケーションにルールを課す、ということも合わせて説明すれば、ルールに対する理解度が高まり、コミュニケーションのルール化が持つ本来の威力を発揮することが可能であろうと思われる。

7.参考文献

1) 臼井伸之介:ヒヤリハット事例の分析によるヒューマンファクター研究(1),産業安全研究所報告 pp37-44(1995)
2) 江川義之・鈴木芳美・深谷潔・庄司卓郎:コミュニケーション・エラーにより発生した労働災害の分類,日本人間工学会第39回大会講演集 pp156-157(1998)
3) 江川義之・鈴木芳美・深谷潔・庄司卓郎・中村隆宏:共同作業時におけるコミュニケーション・エラー発生の可能性に関する研究,日本人間工学会第40回大会講演集 pp127-128(1999)
4) 井達久美子:チーム作業時におけるコミュニケーションとエラー発生パターンに関する研究,早稲田大学卒業論文(1999)
5)大西正弘:共同作業時における作業方式の相違がエラー発生に及ぼす影響,早稲田大学卒業論文(1999)


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