早稲田大学石田研究室


エラー事例の提示が安全確認行動に及ぼす影響

片岡 純子


1.目的

わが国の労働現場における安全対策は,労働安全衛生法などにより厳しく規制されており,労働者の安全確保には,力を入れて取り組まれている。しかし,転落事故などの労働災害は,未だ後を絶たないのが現状である。その原因として,「ヒューマンエラー」があげられる。これまで,建設産業における事故原因の究明は,主に設備面の観点からおこなわれ,ヒューマンエラーの観点からは十分には検討されてこなかった。しかし,設備面だけの対策では,人間のミスに対する対策には限界がある。そこで,事故分析や安全対策にヒューマンエラーやヒューマンファクターの概念を導入していく必要がある。産業活動の場におけるヒューマンエラーを考えた場合,1人で作業をすることはまれで,たいてい数人ないしは数チームで作業をすることが多い。とりわけ建設業においては,その傾向がみられる。そのため,建設業における安全対策を考える場合,ヒューマンファクターの概念のなかでも,とくに個人間レベルや集団組織レベルで捉える必要があると考えられる。そこで本研究では,特に組織内・組織間あるいは作業者間のコミュニケーションが原因と考えられるヒューマンエラーに着目し,エラーの発生過程を調べることを目的として実験を行った。

2. 実験

2.1実験目的

本研究では,ある行動を禁止する場合,作業者にどのような情報を併せて与えればより効果的かを明らかにすることを目的として,「エラー事例の提示」を行った場合と,行わなかった場合の,エラー発生過程を調べるために実験を行った。

2.2実験方法

本実験の「玩具の組立作業」は,江川ら(1999)の実験と同じ設定で行った。実験の設定は江川ら(1998)の労働災害事例モデルの「モデル1」をもとに,「時間と場所は同一だが,作業目的は異なる」という状況に設定した。実験は,AチームとBチーム(各2名で構成)に,図1のような実験場で,それぞれ玩具の組立作業を行なわせた。各チームの組立作業台, 組立図置場, 組立部品置場は,それぞれのチームが「異なる作業目的で」斜線で示した領域(以下,クロスエリアと呼ぶ)を通行するように配置した。さらに,クロスエリア内では,2名同時に進入することを禁止し,2名同時に進入した場合にエリア・エラー発生とみなした。

組立作業場とクロスエリア

本実験では,被験者を「エラー事例提示あり条件」と「エラー事例提示なし条件」の2つにわけ,エラー事例の提示あり条件では,組立作業を行う前に,「エラー事例の提示」として,エリア・エラーがどのように発生しているかという事例を被験者に提示した。ここでは,被験者の特定の行動にのみ影響を与えることがないように,具体的なエリア・エラー回避の方法は示さずに,エリア・エラーの事例のみを提示した。エラー事例の提示は,大きく分けて,「実験状況の説明」,「エラーパターンの説明」,「エラーパターンの分類」の3つの内容で構成されており,それぞれの内容は次のとおりである。

「実験状況の説明」:
   組立作業に関するルール説明
   組立作業状況を記録したVTR(2分)
「エラーパターンの説明」:
   4つのエラーパターン(図3)の説明
   実際に発生したエラー場面のVTR
「エラーパターンの分類」:
    VTR(エリア・エラーが含まれた組立作業場面9シーン,各20秒)を見せ,どのパターンのエラーかを分類させた。

実験の流れ

エリア・エラーパターン

3.結果・考察

1)エラー事例の提示が及ぼす影響

「エラー事例提示あり条件」においてエリア・エラー発生場面を抽出したところ,その件数は,エラー事例提示なし条件(26件)よりも少なく,5件であった。さらに,そのエラー形態を調べてみると,全てが「見越側面型(図3参照)」エラーであった。「エラー事例提示あり条件」において,エリア・エラーに関するデータの種類が十分に揃わなかったため,エリア・エラー発生件数での比較はあまりできなかった。しかし,エラー事例の提示をしたところ,クロスエリア進入前に周囲の安全を確認するなどの行動が,顕著に現われた。そのため,今回の実験では,特徴的に出現した安全確認行動に注目することにした。ここで「安全確認行動」とは,作業者が,クロスエリア通行時にエリア・エラーを起こさないために,作業者が確認をするべきだと思われる行動のことをさす。具体的には,次の6行動を「安全確認行動」として設定した。

(1)作業台からの移動時における,後方確認
 振り向きざまの一歩がクロスエリアに立ち入っていないかどうか。移動しようとして,身体の向きを反転させたあとの,一歩を観察。
(2)クロスエリア進入時の移動速度の減速
 相手チームのメンバーの存在に関わらず,自分のチーム側のクロスエリアに立ち入る時,移動速度を緩めてから立ち入るという行動。
(3)クロスエリア進入前の一時停止
 相手チームのメンバーの存在に関わらず,自分のチーム側のクロスエリアに入る前に完全に動作を止めるという行動。
(4)クロスエリア進入時の左右確認
 相手チームのメンバーの存在に関わらず,自分のチーム側のクロスエリアに立ち入る時,または,立ち入りながら,左右を確認するという行動。
(5)相手の動きを目で追うという行動
 相手チームのメンバーが動いている場合,その人の動きを目で追うという行動。
(6)作業台からの移動時またはクロスエリア進入前の,ついたてからの覗き込み
 相手チームのメンバーの存在に関わらず,作業台から移動する前,または,相手のチーム側のクロスエリアに立ち入る前に,上半身を曲げてついたての向こうを覗き込むという行動。

これらの安全確行動の項目を,作業台から組立図置場への移動(以下,「縦の動き」と呼ぶ)と作業台から組立部品置場への移動(以下,「横の動き」と呼ぶ)についてチェックした。その結果,エラー事例の提示は,縦の動きにおける「左右確認」(図4)と,横の動きにおける「相手の動きを見る」という行動にとくに影響を与え,その出現頻度を増加させたことが分かった。エラー事例の提示がない場合では,左右確認などの安全確認にはあまり注意がはらわれていなかった。組立作業台から組立図置場に行く「縦の動き」は,自分のチーム側のクロスエリアしか通過しないため,あまり注意が向けられていなかったと考えられる。しかし,エラー事例を提示することによって,縦の動きをする際にもエリア・エラーをおこさないように注意がはらわれるようになったことが分かる。これは,自分のチーム側のクロスエリアに対して,自分の領域という意識よりも,共通の領域だという認識が強まったためだと考えられる。また,横の動きにおける「相手の動きを見る」という行動についても,相手チームの領域に入るという意識が強まったために,相手の領域内に自分が踏み込むことでエリア・エラーをおこさないように注意したためだと考えられる。このように,エラー事例の提示は,被験者のエラー回避のための意識向上につながり,安全確認行動に影響を与えたと考えられる。

組立作業実験では,エラー事例の提示の有無にかかわらず,被験者自らがエリア・エラーを回避しようとする行動がみられた。その具体的な方法は,左右確認や一時停止を行ったりする「安全確認行動」や作業者同士が声を掛け合うという「コミュニケーション」による方法であった。そこで,エラー回避のための「コミュニケーション」の出現頻度について調べてみた。しかし,エラー事例の提示によって,「コミュニケーション」の出現頻度は変化しなかった。このことから,エラー事例の提示は「コミュニケーション」には影響を及ぼさなかったことが分かった。

「エラー事例の提示」は,ある特定の行動だけに影響を与えないために,被験者には,具体的なエリア・エラーの回避方法を示すのではなく,エリア・エラーがどのように発生しているかという事例のみを提示することにした。そのため,「安全確認行動」も「コミュニケーション」と同じように影響がでると予想していたが,「安全確認行動」と「コミュニケーション」の出現頻度には,異なる影響がみられた。その理由はなぜなのか,なぜ影響を受けるものと受けないものとがあるのか,その違いについて,今後検討していきたい。

縦の動きにおける安全確認行動

2)エラー事例を提示した場合における安全確認行動の時系列変化

作業が進むにつれて,安全確認の出現頻度は変化しているか,また,エラー事例提示あり条件とエラー事例提示なし条件でその変化の仕方に違いがあるかどうかを調べるために,各条件における安全確認行動の出現頻度の時系列変化についてみてみた。その結果,エラー事例の提示の有無によってその変化の仕方が,異なっていた。エラー事例提示なし条件では,時間の経過とともに減少する一方であるのに対し,エラー事例あり条件では,時間の経過が80〜100%の時点で増加していた(図5)。その理由として,被験者の意識の問題が考えられる。人の意識を定量的にはかることはできないが,「作業への集中度(図6)」と「エラーに対する意識(図7)」から,その理由を考察する。

安全確認行動の出現頻度が,「作業への集中度」と「エラーに対する意識」の2つに関係していると考えた場合,「作業への集中度」は安全確認行動へのマイナス要因であるため,「エラーに対する意識」から「作業への集中度」を差し引いたものが安全確認行動の出現頻度となると考えられる。このことから,「エラーに対する意識」は,エラー事例提示あり条件では持続型,エラー事例提示なし条件では減衰型であったと考えられる。したがって,エラー事例の提示によって,時間とともに減衰していたエラーに対する意識が,持続するようになったと考えられる。

安全確認行動の時系列変化

エラーへの意識の変化の概念図

3)安全確認行動とエラーパターンの関係

江川ら(1999)では,4つのエラーパターンのうち,その大部分が「見越側面型」エラーであったが,本実験では,観察された全てのエラーが「見越側面型」エラーであった。そこで,エラーパターンと安全確認行動との間に,関連があるかどうかを調べるために,発生する可能性があると考えられるエラーパターンを,相手チームのメンバーとの位置関係から判断し,そのエラーパターンによって分類した。その結果,「人の動きがない場面」,「衝突側面型エラーの可能性のある場面」,「見越側面型エラーの可能性のある場面」の3つに分類することができた。同じ条件内では,人の動きがない場面よりも人の動きがある場面において,安全確認行動の出現頻度が高かった。

このことから,実験場の形状と関係があると考えられる。被験者は,作業中,相手チームのメンバーの位置を把握していると考えられる。そしてさらに被験者は,相手チームのメンバーの位置および向きから,被験者なりに安全か危険かを判断して行動を決定していると考えられる。安全確認行動は,一般的に「危険だから確認する」というタイプと「危険かどうかを確かめるために確認する」という2つのタイプがあると考えられる。今回の実験結果では,人の動きがある場面において,その他の場面よりも安全確認行動の出現頻度が高いことから,この実験で観察される安全確認行動は,前者の「危険だから確認する」というタイプの安全確認行動が多いといえる。しかし,エラー事例を提示することによって,安全確認行動にとくに影響がみられたのは,「人の動きがない場面」であった。つまり,エラー事例の提示をすることによって,人の動きがない場面における安全確認行動の出現頻度を増加させることができたといえる。したがって,「危険かどうかを確かめるために確認する」という安全確認行動を増加させることができたといえる点からも,エラー事例の提示はエリア・エラー防止に有効であったといえる。

4. 結論

1)エラー事例の提示は,エリア・エラー防止に有効であった。
2)エラー事例の提示は,被験者の意識向上につながり,安全確認行動を増加させた。
3)エラー事例の提示は,「安全確認行動」には影響を及ぼしたが,「コミュニケーション」には影響を及ぼさなかった。
4)エラー事例の提示は,安全確認行動の,時間の経過に伴う出現頻度の変化に影響を与えた。
5)被験者は,相手チームのメンバーの位置および向きから,安全か危険かを判断して行動を決定していると考えられる。このことは,実験場の形状と関係があると考えられる。

<参考文献>

1)井達久美子: チーム作業時おけるコミュニケーションとエラー発生パターンに関する研究,早稲田大学卒業論文 (1999)
2)江川義之,鈴木芳美,深谷潔,庄司卓郎,中村隆宏:共同作業時におけるコミュニケーション・エラー発生の可能性に関する研究,日本人間工学会第40回大会抄録集,p.127(1999)
3)江川義之,中村隆宏,庄司卓郎,深谷潔,鈴木芳美,花安繁郎:コミュニケーション・エラーが原因である労働災害の分類,日本人間工学会39回大会講演集,pp. 156〜157 (1998)


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