早稲田大学石田研究室


免許取得後経過年数による運転行動の変化に関する研究

金岩 良和


1.はじめに

自動車の運転は,実際の混合交通の中で経験的に学習されていく部分が多い.運転者個々人の能力も様々であり,運転経験の年数を重ねていく中に,個々に運転技能を学習していく必要性があるといわれている.交通事故の原因の最も多くを占めるのは,見落としや脇見といった「不適切な注視」である.また,事故率については,免許取得1年未満の初心運転者で最も高く,経験に伴って徐々に減少していく傾向が見られるが,これを事故原因との関係と比較して見ると,不適切な運転操作などは経験年数とともに減少していっているものの,不適切な注視に含まれる安全不確認や動静不注視といった原因では,逆に経験年数とともに増加していく傾向がみとめられる.これは,免許を取得してから3〜4年が最も危険であるというPeltz & Shumanの説を示唆するように見受けられる.一般的にも,免許取得後3年経過前後において,運転の個性化や我流の運転が定式化するとされ,安全を逸脱化する傾向にあるとされている.しかし,免許取得後3年という時期や,その時点でどのように運転態度,安全意識が変わるのかについては明確にされてはいない.

自動車運転時の注視行動については様々な研究が行われているが,初心者と熟練者の注視パターンの相違についてMourant & Rockwell (1972) は,熟練者は視距離が長いのに対して,初心者では視距離が短く,レーンマークなどの走行位置の確認に関するものをより頻繁に注視しているということを見出している.また,初心者は一つの対象をより長く注視することも示している.Mourant & Rockwell (1977) は,運転技能とミラーの注視方法の関係を検討し,運転技能が獲得されるのに従ってミラー注視のための眼球運動よりも頭部運動が先に生じるようになっていくことを見出している.小島(1999)は,初心運転者の注視特性を,市街路,山岳道路,高速道路上で熟練者と比較し,市街路では不適切な注視行動が信号交差点右折時などによく見られ,また初心運転者はカーブ内側をあまり注視しない傾向が見られることを見出した.このような研究をふまえた上で,免許取得後数年程度における運転年数の経過と運転時の行動変化の関連について,問題点を明らかにしていく必要があると考えられる.

2.目的

経験による運転時の注視行動の変化に着目した過去の研究としては,熟練した運転者と,全くの初心者との比較は行われているが,一般に最も危険といわれる免許取得から3〜4年程度を経過した運転者を中心とした,比較的比較的運転経験の浅い運転者間での比較は,ほとんど行われていない.そこで本研究では,免許取得から5年経過程度までの運転者の,運転時における注視行動に着目し,経験年数に伴った変化との関連性を検討することとした.さらに,初心者と熟練者の注視様式の違いは,過去の研究において明らかにされていることから,運転経験がどの程度で熟練者のパターンに移行するのか,そして,その移行する段階における運転者の注視様式としてどんなことが挙げられるのかを明らかにすることを目的とし,実験を行った.

3.方法

方法は,同一条件での注視様式の比較を行うため,運転場面の映像を用いたシミュレーションによる実験室実験を行った.アイカメラ(NAC EMR-7)を用いて,運転者の注視点のデータを取った.被験者には,アイカメラを装着し,実際に運転しているつもりで刺激映像を見て,パソコン用のハンドルとペダルを操作してもらった.実験刺激である運転場面の映像は以下の7条件を含み,全行程は20分程度であり,同じ順序で統一した.

1.片側2車線の直線道路で大型車両追従走行
2.片側1車線の単独走行
3.一方通行の狭路走行
4.片側1車線の追従走行
5.左右連続カーブ走行
6.駅前混雑路走行(駐車車両や対向車,自転車などの混在)(図3)
7.商店街走行(歩行者,自転車が多数混在)

被験者: 
自動車運転免許未取得者,取得後〜5年経過程度までの 14名平均年齢:22.4歳,,SD3.37(男性7名平均21.0歳,SD2.58,女性7名平均23.9歳SD3.63)

実験場所:
早稲田大学人間科学部100号館520実験室(暗室)

実験日時:
2000年11月19日〜12月21日

実験装置:
アイカメラ(NAC EMR-7),ビデオカメラ(SONY DCR-TRV900),ビデオデッキ(SONY SVO-260),スクリーン(オーロラVPS-100),液晶プロジェクタ(シャープXV-E550),コンピュータ(IBM ThinkPad390),ステアリング・ペダル(Microsoft Force Feedback Wheel)

実験装置概観
図1 実験装置概観

アイカメラで得られたデータはビデオに録画した.ハンドルとアクセル・ブレーキペダルの操作量はMicrosoft Visual Basic6.0を使ったプログラムを利用して実験中を通して随時得られ,PC上に保存した.実験終了後,警察庁作成の安全運転態度検査SAS592を5件法により実施した.アイマークデータの分析は,ビデオテープに録画されたデータ映像をパソコンに取り込み,1フレーム毎にフレーム解析を行った.解析対象区間は,実験刺激で用いられた中から上記7条件の7区間を抽出し,各20秒間(600フレーム)の分析を行った.

4.結果と考察

アイマーク・データについては,フレーム解析から,平均注視時間と注視部位の頻度分布について分析を行った.結果の分析においては,経験年数と総走行距離による分類を行って分析したが,ペーパードライバーも含まれたため,総走行距離による分析を中心とした.被験者は,免許なしあるいは走行なしが4名,走行距離100km未満が4名,100km〜2000km未満が3名,2000km以上が4名であった.実験全体での全被験者の平均注視時間は465.7msであった.§1〜7について,総走行距離別の平均注視時間を分類した(図2).「総走行距離」(4群)×「走行条件」(§1〜7)の2要因分散分析(非加重平均法)の結果,主効果および交互作用全てにおいて,有意ではなかった.グラフからは,100km走行以上の2走行群では,§6と§7の平均注視時間が他のセクションに比べて非常に長い.また,免許未取得者は,平均注視時間が長めで,走行条件によるばらつきが少なかった.

注視部位の分析については,各セクションで,自転車や先行車などの対象物ごとに注視時間を分類し,刺激の20秒間(600フレーム)中の注視割合を算出した.図5は,総走行距離別にみた§6における注視部位の分布である.本研究においては,注視部位については詳細な被験者間の比較は行わず,全体的な注視分布のみを分析した.χ二乗検定の結果,§2〜4および§7に関しては,総走行距離の4群ともに有意な注視部位の分布の偏りはみられなかった.§1の「走行なし」群(χ2(16)=32.67,p<.01),§6の「走行なし」「〜100km」走行群で有意傾向,「2000km以上」χ2(12)=44.18,p,.01で有意であった.

平均注視時間
図2 総走行距離別の平均注視時間

駅前混雑道路風景
図3 §6;駅前混雑道路走行の1フレーム

免許無し群の注視分布
図4 免許無し群の注視分布(§6)

初心運転者の注視分布
図5 免許取得〜7000km走行未満群の注視分布(§6)

7000km以上の運転者の注視分布
図6 7000km走行以上群の注視分布(§6)

被験者の総走行距離をさらに,7000km未満とそれ以上,および免許未取得者の3群にわけて,注視分布の傾向を明らかにした.図4〜6は,§6(駅前混雑道路)における3群の分布である.

実験を通じての全体的な傾向をまとめると,「免許なし」群は,バックミラーの使用がほとんどなく,前方車線や先行車などに注視が集まり,注視範囲も狭かった.また,免許取得〜7000km走行未満の群では,側方や景色などの注視がみられ,注視の範囲が広くなる傾向が見られた.7000km走行以上の群では,注視様式の切り替えがみられ,狭路や直線道路,商店街では,前方の注視が他の群に比べて少なく,広くバランスよく注視するパターンであり,カーブや駅前,2車線の追従などでは,消失点や前方,先行車などを中心として,注視範囲が狭く,注意すべきポイントに長く注視を持っていく傾向がみられた.

一般的な熟練者の注視パターンでは,平均注視時間が短く,注視分布が広くなるとされているが,本研究における7000km走行以上の群の注視のパターンを見ると,未だ習熟過程にあるということが考えられる.しかし,7000km以上走行程度において,走行条件による注視様式の切り替えが行われ,ようやく注視分布が均等に近くなって,バランスよく注視できるようになる,また無駄な注視を省いて,より注意すべき対象に視点をむけるということが明らかになった.
運転技能の指標として,実験の全行程におけるハンドル補正の回数を比較した(表1).

表1 各被験者のハンドル補正回数
ハンドル補正回数

ハンドル補正回数は,免許未取得者は慎重に操作したために補正回数が殆どなく,免許取得してすぐの初心者が一番補正回数が多かった.ある程度走行経験のある被験者は補正回数が少なくなり,2000km走行以上の被験者群では,逆に少数回の補正回数がみられた.

安全運転態度SAS592は,他者迷惑性要素に関する16項目(感情高揚性9項目,自己顕示性7項目),他者排除行動要素に関するもの16項目(攻撃性8項目,非協調性8項目)の合計32項目から構成されている.その全被験者の結果を示す(表2).

SAS592の判定基準は,「他者迷惑性」,「他者排除性」,「総合安全態度」については,1〜5の5段階で,下位項目である「感情高揚性」,「自己顕示性」,「非協調性」,「攻撃性」については,1〜4の4段階で判定され,数値の小さい評価値を得たときに,その行動要素名に示される行動傾向を有するとされる.つまり,評価値が小さいほど,例えば他者迷惑性の高い行動をとる可能性がある,ということである.

注視行動と安全運転態度との関連性については,被験者数が少ないために今回は相関性の検討を行わなかった.注視様式についても,運転行動の習熟の目安とされる10万km以上の走行を経験している者を交えて多数の被験者で実験することと,さらに詳細な,例えば「駐車車両の側方通過」などの細かいイベント毎の注視様式の比較分析を行っていくことが今後の課題である.

本研究において,比較的経験年数の浅い運転者内での注視様式のパターンの全体的な傾向が明らかにされたことは意義があったといえる.今後,注視行動の習熟過程の詳細分析の指針となると考えられる.

5.参考文献

・Evans, L. Traffic safety and the driver Van Nostrand Reinhold,New York (1991)
・小島幸夫 初心運転者と熟練運転者の運転特性 自動車技術会論文集 Vol.28 No.2 pp73-78 (1987)
・三浦利章 運転場面における視覚的行動:眼球運動の測定による接近 大阪大学人間科学部紀要 No.5, pp253-289 (1979)
・三浦利章 行動と視覚的注意 風間書房(1996)
・Mourant,R.R. and Rockwell,T.H. Strategies of Visual Search by Novice and Experienced Drivers Human Factors vol.14, pp325-335 1972
・Mourant,R.R. and Rockwell,T.H. Field Dependence and Driver Visual Search Behavior Human Factors Vol.20(5),pp553-559 1977
・大坪治彦,近藤倫明,渋田幸一 運転中の車速,旋回および頭部回転,眼球回転の同時測定 交通科学研究資料24集 pp61-64 日本交通科学協議会 1983
・大塚博保 安全運転態度検査SAS592の開発 科学警察研究所報告交通Vol.33, No.2 pp119-125(1992)
・Peltz,D.C.& Schuman,S.H. Dangerous young drivers Highway Research NewsVol.33,No.2 pp31-41(1968)
・佐藤公治 運転初心者と熟練者の視覚探索・周辺視情報処理 IATSS Review Vol.19, No.3 pp191-199(1993)
・蓮花一巳 ドライバーの視覚的注意に及ぼす運転経験の効果 IATSS Review Vol.5, No.3, pp204-214 (1979)

表2 安全運転態度SAS592の判定基準結果
SAS592判定結果


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