早稲田大学石田研究室


危険予知に対する映像提示の効果

杉本 圭造


はじめに

交通事故による死者数は減少傾向にあるが,その反面で,事故発生件数,負傷者数は増加傾向にある.死者数の減少はエアバッグ等の衝突安全技術の向上に伴う部分が大きく,事故発生件数の減少を目指す上では,衝突の発生自体を防止する予防安全を目指した取り組みが重要となる.

安全な走行を行う上では,交通状況を適切に認識し,状況に応じた運転を行う必要がある.交差点で交差道路より車両が進入した際,仮に運転者がブレーキ反応に優れていたとしても,高速で走行していれば衝突は回避できない.衝突を防止するためには,事前に交差点であることを認知し,減速をしている必要がある.

ここで,事故に結びつくかもしれない個々の対象や事象を判別・把握する心的過程は「ハザード知覚」,知覚されたハザードに基づき,交通状況全体で事故の発生する可能性がどの程度あるかを全体的に評価する心的過程は「リスク知覚」と呼ばれる.ドライバは知覚されたリスクのレベルに応じて,自己の運転方略を変化させており,リスクを適切に評価できることが,安全な運転を行う上で重要であると指摘されている.このため,ドライバのハザード知覚能力やリスク知覚能力を測定する研究は数多く行われている.しかし,実路運転を行わせることは,特に被験者が初心運転者の場合には危険を伴うため,室内実験を行うことが多い.これらの研究を刺激の提示方法の観点から見ると,静止画像1)2),動画映像3),交通状況の文章による提示4)に大別することができる.

静止画像は動画を用いる場合と比べて状況設定が容易であり,また短時間で実施できることから,多人数を対象とした実験が可能であるという利点がある.一方で,動きがないために前後の文脈がわかりづらいという問題がある.また,動画映像を用いる場合も,前後の文脈を把握することができるが,被験者が何を見てどのような評価をしているのかが見出しにくいという問題点がある.

このように静止画と動画を用いてハザード・リスク知覚能力を評価する場合には,それぞれ一長一短があり,静止画と動画のどちらが実施にあたって適当なのかはいまだに論議の対象となっている.

目的

本研究ではこうした問題の解決の一端として,提示刺激に静止画像と動画を用いた場合に,ハザード知覚,リスク知覚がどのように変化するのか,また差異が見られた場合には,どのような要因が影響しているのかを実験的に検討することを目的とする.

なお,本研究においては無信号交差点を撮影した映像を用いることとした.

実験方法

まず,4箇所の交差点を一般道路から選び出し,ビデオカメラによって東西南北の4方向から交差点を撮影し,全16場面を得た.こうして得た動画映像と,動画から取り出した映像の最終フレームを静止画像として刺激として用い,実験を行った.動画・静止画はそれぞれビデオテープに収め,プロジェクターによって被験者に提示した.動画・静止画の提示時間はそれぞれ5秒間とし,その状況における主観的な危険感を判断させた.各16場面の提示の順序は被験者ごとに,動画・静止画の提示順序ともにランダムとした.動画実験の一施行の際,最後に静止画として提示される場面の5秒以前の状況から映し出すものとした.また同時に、その状況に対して下された危険感が何に起因するものであるかを判断するために,さらに

・ その刺激映像の状況における交差道路への注意の払い具合
・ その状況における走りやすさ
・ その状況において適切だと思う走行速度はどれくらいか
・ その状況で時速20キロで走行した際の事故率はどのくらいだと思うか
・ その状況で時速40キロで走行した際の事故率はどのくらいだと思うか
・ その状況で交差道路側の車両がこちらにどれくらい注意を払っていると思うか
・ その状況で一般的なドライバーであればどのようにその交差点に進入していくと思うか

という質問を行い,一つの映像につき一つずつ被験者に回答を求め,回答用紙を作成しそれに記録させた.1〜7問目はVisual Analogue Scale(VAS)を用いて回答させ,8問目は選択式とした.VASは両端に「非常に当てはまる」,「非常に当てはまらない」等を記載して,その間に線分を引いた無段階評価方法であり,回答者は直線上の任意の地点に垂線を引くことで回答する.評定結果を比率尺度として用いることができることから,比較的多くの研究で用いられている.ここでは線分を100mmとし,左端からの距離をミリメートル単位で測定し,101段階で得点化した.

本実験

大学生及び大学院生89名(男性53名,女性36名)が参加した.平均年齢は23.6歳(SD6.69)であった.男女別に見ると,男性は平均22.8歳(SD7.14),女性は平均24.8歳(SD5.58)である.いずれも普通一種以上の運転免許を所持(AT限定免許を含む)し,免許取得後経過年数は平均3.99年(SD6.23)であった.なお男女別では,男性は平均3.87年(SD6.88),女性は平均4.15年(SD5.21)である.

日時・場所は2002年11月,100号館520実験室(暗室)を利用した.

実験システム図(横から見た図)
図1 実験システム図(横から見た図)

実験システム図(上から見た図)
図2 実験システム図(上から見た図)

結果

本研究に於いては,有意傾向については問題にせず,有意水準5%以下の差についてのみ論じることとした.グラフ中で有意差のあった箇所に付したアスタリスクは1つが有意水準5%,2つが1%,3つが0.1%である.

実験で得られた質問紙のデータのうち,回答にVASを用いた問い1から問い7までの各質問項目について,運転頻度と男女の2要因を被験者間要因,動画静止画と優先非優先の2要因を被験者内要因として4要因の分散分析を行った.分析には各被験者の回答素点を被験者内要因の2要因の4水準内で平均した値を用いた.

なお,運転頻度はフェイスシートの運転経験と運転頻度の質問項目をもとに以下の基準で分類し直した.

・運転頻度小群:運転頻度で「年に3?4回以下」を選択または経験1年未満,40名
・運転頻度大群:経験が一年以上で「年に3?4回以下」以外を選択,49名

その結果,「危険感」については男女と優先・非優先道路ごとの回答に有意差が見られ,女性の方が危険感が高いと感じた.「交差点に払う注意」では優先・非優先道路間で有意差があり,非優先道路の方が注意を払われた.「走りやすさ」については男女と優先・非優先間に有意差があり,女性の方が走りにくいと感じられている.「交差点進入速度」については男女に有意差が見られ,運転頻度と優先・非優先道路に1次交互作用が見られた.女性の方が交差点進入速度が遅く,運転頻度大の群は非優先道路を走っている際に低速で進入する.「時速20kmで進んだ時の事故率」は男女と優先・非優先道路間に有意差があり,女性の方が事故率を高く見積もり,非優先道路の方が事故率が高いと見積もられた.「時速40キロで進んだ時の事故率」は運転頻度と優先・非優先道路間で有意差があり,運転頻度小の群が事故率を高く見積もった.「交差車両が払う注意」は優先・非優先道路間で有意差があり,被験者自身が優先道路にいる方が交差車両が注意を払っていると考えている.

「一般ドライバーが交差点にどのように侵入するか」については被験者間要因でマンホイトニー検定を行い,その結果,運転頻度大小群間で選択肢1「そのまま通過する」の回答のみに有意差が見られ,頻度大群が有意に「そのまま通過する」を多く選択した.

動画と静止画による違いに基づく危険感の差というものは全てにおいては見られなかったが,地点別に検討すると部分的に,主効果が見られた場所が4箇所存在した.また,質問項目についても同様であった.

場面別の危険評価
図3 場面別の危険評価

場面別の走りやすさの評価
図4 場面別の走りやすさの評価

それによれば危険感を問う質問と走りやすさを問う質問は相関が高く,ある地点においては静止画の方が危険度を高めに見ている場合がある.これは静止画のほうが得られる情報が少ないため起こるとも考えられ,この実験においては高快適性=安全という図式が成り立っているように見受けられる.

また,込み入っている画面では優先道路側で危険感について有意差が生じ,込み入っていない所では非優先道路側で有意差が見られた.画面から得られる情報は道路標識や道路に描かれたラインなども含まれているため,画面の状況を選んで実験することが重要な要素となっているのかも知れない.

結論

1.危険判断に関して静止画像と動画映像の違いに基づく危険感の違いは明確には見出されない.ただし,無人かつ交差車両のない交差点においては,という条件がつく.
2.優先道路側より非優先道路側に運転者がいる際には,危険感を高く評価し,より交差点に注意を払い,そして有意に走りにくいと感じられるものである.また,非優先道路側にいる際,交差車両(優先道路側)は非優先道路側に注意を払っていないと評価される,
3.男性よりも女性の方が危険感を高く見積もり,道路を走りにくいと判断し,交差点への進入速度も低速を選ぶ.
4.運転頻度の高い者は,非優先道路へ低速で進入する.また,運転頻度の高い者は状況により走行速度を変えている.

今後の課題

1.今回の実験では被験者が何に注目し危険感を判断したのかは質問していない.そのため今後はアイカメラを用いるなどして,被験者の注視点を探ることも平行して行う実験が必要であると思われる.
2.今回の実験では交差点自体の特徴や違いに基づいて被験者に危険判断をさせたが,もし同一の交差点で,歩行者や自転車運転者,通過する交差車両などが存在した場合,あるいは見通しの良し悪しに違いが存在した場合の危険判断についてはどのようになるのか,調査する必要があると思われる.
3.交差点の選定を調査目的に応じて変え,適切なものを選び出すため,実験で用いる交差点の数を増やす必要がある.
4.どういった目的で動画・静止画を使い分けるべきなのかを調査する必要がある.

参考文献

1) 深沢信幸: 危険感受性(仮称)テストの研究(1), Japanese Journal of Applied Psychology, No.8, 1-12, 1983
2) Sivak, M., Soler, J., Trankle,U. & Spangnhol, J. M.: Cross-Cultural Differences in Driver Risk-Perception, Accident Analysis And Prevention,Vol.21, No.4, 355-362, 1989
3) 小川和久, 蓮華一己, 長山泰久: ハザード知覚の構造と機能に関する実証的研究, Japanese Journal of Applied Psychology
4) DeJoy, D. M.: The Optimism Bias and Traffic Accident Risk Perception, Accident Analysis and Prevention, Vol.21, No.4, 333-340, 1989


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