早稲田大学石田研究室


自動車運転場面における車間距離・速度が副次課題注視時間及び注意切り替えに与える影響

岩間 和かな


1. はじめに

自動車の運転に必要な情報の90%以上は視覚情報である(Hartman, 1970)ため,視覚情報の取得エラーは大きな事故に発展する可能性が高い.また一方で,死亡・重傷事故の第1当事者の第1原因をみると人的要因が88%を占めている(警察庁,1984).人的要因(ヒューマンエラー)とは,自動車運転における認知・判断・操作の遅れ,あるいは判断・操作の誤りのことである.特に認知段階でのエラーは,その後の判断・操作を正しく行なうことができないため,クリティカルなエラーとなりやすい.

近年の携帯電話・カーナビゲーションの普及にともない関連事故が増加している.使用形態別事故件数をみると,携帯電話では受信中・架電中の操作にかかわるものが全体の85.3%,カーナビゲーションにおいては注視中が73.7%となっており,脇見の危険性を示している.携帯電話やカーナビゲーションへの脇見による運転パフォーマンスへの影響についての研究は多く行われており,脇見によって車線保持能力,危険検出反応の低下などが明らかになっている(Summala et al., 1999).しかし,実際にドライバーは運転場面において安全であると判断し,脇見を行っている.このドライバーの脇見を行う判断,および脇見時間・脇見頻度の決定はどのように行われているのか,またこの判断の妥当性を明らかにすることが必要であると考えられる.脇見時の注視時間は,余裕時間を考慮して調節しているということが示されている(Summala et al.,1998).余裕時間とはドライバーが何らかの行動(認知・判断・操作)を行うことのできる時間的余裕のことであり,この時間は交通状況によって異なる.最も一般的な追従場面において,この余裕時間は主に走行速度と車間距離によって決定される.この走行速度と車間距離から,ドライバーは脇見判断を行い,脇見時間・脇見頻度を決定していると考えられる.

2.目的

追従時にカーナビゲーションへの脇見を行う場合,走行速度とtime headwayが脇見行動に与える影響を明らかにし,脇見を行うことによる運転への影響の観点から脇見行動の安全性について検討することを目的とする.

3.実験

3-1.被験者

早稲田大学の学生および大学院生10名(運転免許保持者9名,仮免許者1名).

3-2.装置

液晶プロジェクタ
スクリーン
デジタルビデオカメラ 
8mmビデオカメラ 
PC(PC/AT互換機,V-RAM32MB)

3-3.手続き

被験者は実験前に年齢,性別,運転免許取得年月日,および運転頻度をフェイスシートに記入した.着座位置調整後,実験の説明を行った.

実験は運転課題と副次課題で構成され,運転課題は追従場面における先行車減速の検出反応,副次課題はナビゲーションの読み取り課題である.はじめに副次課題を行う脇見条件,続いて副次課題を行わない統制条件を行った.脇見条件では,運転課題に影響を及ぼさない安全な範囲でできるだけ脇見を行うよう教示を与え,被験者に自由に脇見を行ってもらった.脇見条件のみ練習を行った.

運転課題は,PCから前方スクリーンに投影した追従場面において,先行車両のブレーキランプの点灯あるいは減速に気がついたらできるだけはやくキーで反応することである.走行映像はtime headway 3水準(1.8 , 2.4, 3.6 sec),走行速度4水準(30 , 40 , 50 , 60 km/h)の12条件について各3本,計36本のCG映像を使用し,脇見条件,統制条件ともにランダムな順序で各36試行,計72試行行った.各走行速度におけるtime headwayに対応した車間距離を表1に示す.

表1.各走行速度・time headwayにおける車間距離
各走行速度・time headwayにおける車間距離

各試行の最初に"Ready"が2秒間提示され,走行映像が提示される.各試行において先行車との車間距離,および先行車,自車の走行速度は先行車が減速を開始するまで一定である.あらかじめランダムに決定された5〜20秒後,先行車の減速が開始され,先行車は比較的緩やかな一定の減速度で減速する.自車は被験者がキーで反応するまで走行速度は初期速度のままで,キー反応により映像は停止する.このキー反応はPCのキーボードで行い,PCに記録した.図1に,運転課題に用いたCG映像の一部を示す.

運転課題に用いたCG映像
図1. 運転課題に用いたCG映像(30km/h,1.8sec)

脇見課題は,左下方に設置した8mmビデオの液晶モニタに提示されるナビゲーション画面をみて,自車の走行状態や進行方向周辺の地名についての言語報告である.ナビゲーション映像は運転課題とは対応しておらず,運転中のナビゲーション(SONY Handy Navigation SystemコロンブスGPX-5)の録画映像を使用した.
 脇見条件においては,被験者の顔をデジタルビデオで録画し,運転課題と副次課題の注意切り替え,及び副次課題注視時間の分析に使用した.

4.結果と考察

4-1.副次課題注視時間

副次課題注視時間について速度×time headwayの二要因分散分析を行ったが,参考のため運転経験を加えた三要因分散分析を行った結果,運転経験の影響が見られたため,三要因の結果を述べる.運転経験はフェイスシートから得た被験者の運転頻度から,日常的に運転している熟練者4名(運転頻度週1回以上)とほとんど運転しない初心者6名(運転頻度年3回以下)に分類した.運転経験(F(1,8)=6.70,p<.05),速度(F(3,24)=5.17, p<.01),time headway(F(2,16)=6.63, p<.01)の主効果,および運転経験×速度(F(3,24)=3.68, p<.05)の交互作用が有意であった.
図2に各速度における運転経験別副次課題注視時間を示す.

各速度における運転経験別注視時間
図2.各速度における運転経験別注視時間

運転経験×速度の交互作用の下位検定より,初心者は熟練者より注視時間が長いことが明らかになった.また初心者は速度の影響をうけたが(50km/hにおける注視時間の減少),熟練者は速度の影響をうけなかった.これは初心者の50km/hにおける危険感の増加,あるいは速度判断能力の低下等によるものであると考えられる.
各time headwayの注視時間を図3に示す.

各time headwayにおける注視時間
図3.各time headwayにおける注視時間

time headwayの主効果の下位検定の結果,3.6secにおいて注視時間の増加がみられた.これはtime headway3.6秒以上では,ドライバーの危険感が低下したためであると考えられる.従って,ドライバーはtime headwayによって注視時間を調節していることが明らかになった.

4-2.副次課題注視頻度

殆ど注視時間のトレードオフを示した結果となった.

4-3.ブレーキ反応時間

副次課題の有無(以下,課題条件とする)×速度×time headwayの三要因分散分析の結果,課題条件(F(1,9)=17.19,p<.01),速度(F(3,27)=54.54, p<.01), time headway(F(2,18)=73.05, p<.01)の主効果,及び課題条件×速度(F(3,27)=5.50, p<.01),速度×time headway(F(6,54)=49.24, p<.01),課題条件×time headway(F(2,18)=3.98, p<.05)の交互作用が有意であった.
図4に各速度における課題条件別ブレーキ反応時間を示す.

各速度における課題条件別ブレーキRT
図4.各速度における課題条件別ブレーキRT

副次課題の有無×速度の交互作用の下位検定の結果,脇見条件は統制条件よりもブレーキ反応時間は増加したが,30km/hにおいては差はみられなかった.従って低速度での脇見は高速度よりは危険性が少ないことが推測される.統制条件においては,60km/h(車間距離30,40,60m)におけるブレーキ反応時間の増加が示され,車間距離30m以上での相対速度の知覚能力の低下(澤田ら,1997)を反映したものと考えられる.脇見条件における反応時間は,50,60km/hで増加し,脇見により速度の増加と共に反応時間の遅れが増加することが示唆された.
図5に各time headwayにおける課題条件別ブレーキ反応時間を示す.

各time headwayにおける課題条件別ブレーキRT
図5. 各time headwayにおける課題条件別ブレーキRT

time headwayについては,統制条件において3.6secで反応時間が遅れることが示され,相対速度の知覚は,time headway3.6で大幅に低下することが示唆された.脇見条件においてはtime headwayの増加とともに反応時間の増加がみられ,脇見条件は統制条件よりtime headwayの影響を大きく受けることが示された.

4-4.ブレーキ反応時間の遅れ

脇見(副次課題)を行うことによるブレーキ反応時間の遅れについてを明らかにするため,ブレーキ反応時間の遅れを分析した.反応時間の遅れは(脇見条件の反応時間)−(統制条件の反応時間)により求めた.運転経験×速度×time headwayの三要因分散分析の結果,速度の主効果が有意であった(F(3,24)=4.48, p<.05).図6に各速度におけるブレーキ反応時間の遅れを示す.

各速度におけるブレーキ反応時間の遅れ
図6. 各速度におけるブレーキ反応時間の遅れ

下位検定の結果,ブレーキ反応時間の遅れは速度の増加と共に増加し,30km/h(0.85sec)より60km/h(1.87sec)のほうが遅れが大きかった.特に,60km/hでは2sec程度の遅れがみられることから,走行速度が高い場合は,脇見時に速度を低下させるか,time headwayを長めにとるなどの必要性があると考えられる.

4-5.ブレーキ反応による追突事態

キー反応が行われた時点で急ブレーキを踏んだと仮定した場合の追突事態発生回数を計算し,平均追突回数について運転経験×速度×time headwayの三要因分散分析を行った.速度の主効果(F(3,24)=3.51, p<.05),速度×time headwayの交互作用(F(6,48)=4.79, p<.01)が有意であった.図7に各速度におけるtime headway別平均追突回数を示す.

各速度におけるtime headway別追突回数
図7. 各速度におけるtime headway別追突回数

速度×time headwayの交互作用の下位検定を行った.time headway3.6においては,60km/hは他速度より追突回数が多かった.これは車間距離の増加による相対速度の知覚能力の低下によるものであると考えられる.3.6secは安全なtime headwayであるために危険感が低下し注視時間が増加した上に,車間距離が30m以上であったために相対速度知覚能力が低下し追突回数が増加したと考えられる.以上より,60km/h以上での運転において長すぎるtime headwayは車間距離が増加し相対速度知覚が低下するためかえって危険であり,適度なtime headwayをとることが望ましいと考えられる.time headway2.4においては速度により追突回数に変化が見られなかったことから,2.4secは適度なtime headwayと考えられる. 30km/hにおいてはtime headway1.8は3.6より追突回数が多く,time headway1.8は脇見を行うには短く危険であることが示された.60km/hにおいては,time headway3.6は追突回数が多く,車間距離の増加による相対速度の知覚能力の低下が示された.

しかし,総じてドライバーの行った脇見行動では追突事態が生じており,教示として与えた「先行車に追突せずにできるだけ脇見を行う」ことはドライバーにとって難しいことが示された.熟練者の方が平均追突回数は低い傾向が見られたが熟練者でも追突事態がみられたことから,運転経験による脇見行動の改善は完全にはなされないことが示された.従って,ナビゲーションや携帯電話などの意識的脇見による追突事故は,事故ドライバーに特別な脇見行動によるものではなく,脇見行動そのものに潜在的事故要素が含まれていることを明確にした.

5.結論

1)運転経験によって脇見時間は異なり,初心者は熟練者より脇見時間が長い.
2)熟練者の脇見時間は速度影響をうけずtime headwayのみに依存しているが,初心者は速度に影響をうける.
3)time headwayの増加と共に脇見時間の増加がみられ,ドライバーはtime headwayによって脇見時間を調節することが明らかになった.
4)脇見を行う場合,速度・time headwayの増加とともに先行車減速検出の反応時間が増加し,速度・time headwayの増加とともに危険性が増加することが示された.
5)先行車減速検出の反応時間の遅れは速度の増加と共に増加するため,比較的高い速度での脇見時には,減速するかtime headwayを長くとる等の必要性があることが示唆された.
6)time headway3.6においては60km/hで追突回数が増加し,高速度での長すぎるtime headwayは脇見時には危険であることを示した.
7)30km/hにおいては,time headway1.8は追突回数が多く,低速度でのtime headway1.8は脇見時には危険であることが示された.
8)脇見により追突事態が生じており,先行車に追突せずにできるだけ脇見を行うことは難しいことが明らかになり,脇見行動の潜在的事故要因が示された.

6.引用・参考文献

1)Wikman A. S., Nieminen T., Summala H., Driving Experience and Time-Sharing During in-Car Tasks on Roads of Different Width, Ergonomics, Vol.41, No.3, 358-372, 1998
2)Lamble D.; Kauranen T.; Laakso M. and Summala H., Cognitive Load and Detection Thresholds in Car Following Situations: Safety Implications for Using Mobile (cellular) Telephones While Driving. Accident Analysis and Prevention, Vol.31, No.6, 617-623, 1999
3)Zwahalen H. T., Adams C. C. Jr. and Debald D. P., Safetty Aspects of CRT Touch Panel Controls in Automobiles, Vision in VehiclesII, 335-444
4)Hulst M, Meijman T. and Rothengatter T., Anticipation and The Adaptive Control of Safety Margins in Driving, Ergonomics, Vol.42, No.2, 336-345, 1999
5)木村 賢治他, 自動車用ナビゲーションシステムの人間工学的研究, 日本機械学会第2回交通物流部門大会講演論文集 503-508, 1993
6)森田 和元,益子 仁一,岡田 武雄, 自動車用画像表示装置の安全性に関する研究−表示装置注視時の反応時間の遅れ−, 交通安全公害研究所報告第26号, 1-11, 1998
7)澤田 東一,小口 泰平, 車間距離制御における運転者の動作特性, 人間工学,Vol.33, No.6, 363-370, 1997


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