早稲田大学石田研究室


チーム作業時におけるコミュニケーションとエラー発生パターンに関する研究

井達 久美子


1.目的

人間は社会的存在であり多くの仕事がチーム作業である.このような産業現場においては,様々な形態でコミュニケーションが行なわれているが,それが良好に機能せずに発生した労働災害,すなわちコミュニケーション・エラーが原因であると考えられる労働災害が見られる.本研究は,江川ら(1998)によってモデル化されたコミュニケーション・エラーのうち,同一の時間と場所,異なる作業目的でエラーが発生するモデル(モデル1)を対象とし,コミュニケーションとエラー発生パターンから,エラー防止に対するコミュニケーションの有効性を明らかにすることを目的とした.

2.実験

同一の場所と時間で,A・Bそれぞれのチーム(各2名)に,子供用玩具の組立作業を行なわせた.実験領域を図1に示す.一方のチームが部品を取りに行く時,他方のチームの領域の一部(以下,クロス域と言う)を通過しなければならない.このクロス域の通過に関して,「明確に相手を指名して注意を喚起し,受信者は情報が正確に伝わったというフィードバックを与える」という「コール・ルール」を設けた.また,エラー発生時に注意を与える「リーダー」を設け,これら2つの条件の有無により合計12実験行なった.同一のクロス域に両チームのメンバーが同時に進入した場合,「エラーの発生」とみなした.実験には48名の被験者(大学生および大学院生.男性17名女性31名,平均年齢20.67歳)が参加した.実験状況は4台のVTRカメラ,4分割ビデオミキサー,VTRデッキを用いて1本のVTRに録画された.「エラー発生」および「コミュニケーションの有無」に関しては,記録されたビデオ画像と音声を基に判断した.

実験領域の平面図
図1 実験領域の平面図

3.結果

「リーダー」の有無によるエラー発生件数についてt検定を行なった結果,両条件の平均の差は有意ではなかった(両側検定:t(10)=0.70,p>.10).エラーに関わる被験者のクロス域への進入およびクロス域からの退出によるエラーパターンは図2に示す4種類が考えられるが,今回の実験では「正面衝突型」と「追突型」は観察されず,「見越型」が161例,「出合頭型」が10例観察された(図3).

エラーパターン
図2 エラーパターン

形態別エラー発生率
図3 形態別エラー発生率

「コ−ル・ル−ル」の有無によるエラ−発生件数を調べてみると,「コ−ル・ル−ルあり条件」の方が「コ−ル・ル−ルなし条件」よりエラ−発生件数が多く,t検定を行なった結果,両条件間に有意な差が見られた(両側検定:t(10)=4.43,p<.01).さらにコール・ルールの有無によるエラー発生前のコミュニケーションの有無は,「コール・ルールあり条件」(図4)では「コミュニケーションあり」が98.4%(123例)「コミュニケーションなし」が1.6%(2例)であった.一方「コール・ルールなし条件」(図5)では,「コミュニケーションあり」が39.1%(18例)「コミュニケーションなし」が60.9%(28例)であった.

形態別で161例と圧倒的に多かった「見越型」エラー発生前のコミュニケーションの有無について,「コール・ルールあり条件」でコミュニケーションがとられた場合を「コールあり」,「コール・ルールなし条件」でコミュニケーションがとられた場合を「コミュニケーションあり」,どちらの条件でもコミュニケーションがとられなかった場合を「コミュニケーションなし」と分類した結果,「コールあり」が73.9%,「コミュニケーションあり」が10.6%,「コミュニケーションなし」が15.5%であった(図6).

コール・ルールあり条件におけるエラー発生前のコミュニケーションの有無
図4 コール・ルールあり条件における
エラー発生前のコミュニケーションの有無

コール・ルールなし条件におけるエラー発生前のコミュニケーションの有無
図5 コール・ルールなし条件における
エラー発生前のコミュニケーションの有無

「見越型」エラー発生前のコミュニケーションの有無
図6 「見越型」エラー発生前の
コミュニケーションの有無

4.考察

(1)ルールに対する理解度

今回の実験は,受信者を特定せず発信者にフィードバックを与えないためにコミュニケーションの無効化,形骸化が起こるという江川らの結果を受けて,その防止のために「コール・ルール」を設けた.その結果「コール・ルールあり条件」でほとんどコミュニケーションがとられていたことからも明らかなようにその効果はあったと言える.しかし当初の予想では,コミュニケーションの受信・発信先を明確にすることで,コミュニケーション・エラーによって起こるエリア・エラーが防止できるのではないかということだったがそれだけでは不十分であり,逆に「コール・ルールあり条件」の方がエリア・エラーが多発する結果となった.ここで「不十分」と考えることを支持する例は,「コール・ルールによらないコミュニケーション」つまり被験者間で「自然発生的に生じたコミュニケーション」にある.エラー発生時のコミュニケーションの有無によるエラー発生件数は,「コミュニケーションあり」の方が少ない.ここでのコミュニケーションは作業を進める中で生じる自発的なコミュニケーションであり一種の暗黙のルールである.つまり,その作業に適したルールであり被験者達の内的な動機づけに基づくものであるから,より遵守されると考えられる.実験では教示により「同一のクロス域に相手チームのメンバーと同時に進入してはならない」と伝えてあるが,被験者がこの教示から「同一のクロス域に相手チームのメンバーと同時に進入するのは災害発生のシミュレーションである」という意味を理解しているのであれば,具体的な行動に反映されるだろう.つまりルールに対する正確な理解がなされていれば,ルール本来の意味においてそのルールは守られると考えられる.一方今回の実験における「コール・ルール」は実験者側が設定したトップダウン型のルールであり,被験者にとってその必要性が理解しにくく,エラー防止に有効ではなかったと思われる.

「コール・ルール」がコミュニケーションの受信者・発信者を明確にするという意味ではきちんとコミュニケーションが成立していたことと,安全に対する意識に裏づけされた自発的コミュニケーションは守られやすいのではないだろうか,ということを合わせて考えると,エラー防止に関するルールは,そのルールが本来持つ必要性・重要性を被験者がいかに理解しているかによってその有効性が左右されると考えられる.

(2)「見越型」エラーとコミュニケーションの効果

「コール・ルール」が守られていたにもかかわらずエラーが多発した原因は,「見越型」エラーとの関連からも考えられる.発生したエラーのうち「見越型」エラーは94.2%(161例)であり,「コール・ルール」は「見越型」エラーの防止にほとんど有効ではなかった.

「コール・ルール」は,クロス域の進入時に相手を指名して注意を喚起し,受信者は正確に伝わったことを発信者にフィードバックする,というルールである.つまり,クロス域の進入に関してお互いにチェックができる.進入時には前を向いているためお互いの存在に気づきやすくエラーも発生しにくい.これは「出合頭型」エラーが少なかった理由であり,「出合頭型」エラー防止には「コール・ルール」は有効であった.一方「見越型」エラーの場合,あとから進入する方は相手が退出し終えたか,先に退出する方は相手がいつ進入してくるのか,全くチェックできない.本来クロス域の通過は,進入から退出までで一連の動作と考えられるが,今回の「コール・ルール」は「クロス域の進入」に関するルールであるため,「進入」と「退出」が別の動作と考えられていた可能性がある.

コミュニケーションの効果がどこまで持続していたかについて考えれば,自発的コミュニケーションがとられた場合は,クロス域の通過(進入から退出まで)を一連の動作と捉えていた可能性があり,完全に退出するまでコミュニケーションの効果が持続したものと考えられる.それに対し「コール・ルール」が課せられた条件では,進入時には「コール・ルール」によるコミュニケーションの効果があるものの,退出時まで持続しなかった可能性がある.前述したように「進入」と「退出」が別の動作と考えられていた可能性があり,「進入時」にコールをしたためその時点では「コール・ルール」によるコミュニケーションの効果があったが,「退出時」にはその効果が低下したと考えられる(図7).

クロス域通過時におけるコミュニケーションの効果の概念図 クロス域通過時におけるコミュニケーションの効果の概念図
図7 クロス域通過時における
コミュニケーションの効果の概念図

5.結論

(1)今回の実験における「コール・ルール」は,エラー防止には有効ではない.
(2)被験者間の「自発的なコミュニケーション」はエラー防止には有効である.

6.今後の課題

(1)退出時にコミュニケーションをとる「コール・ルール」の設定

今回の実験で被験者は,クロス域の通過に際して,まず進入時に「コール・ルール」,その後クロス域に同時に2名進入してはいけないという「エリア・ルール」を守らなければならない.つまり,守るべきルールが二重にあるので「コール・ルール」に注意を向けているとその後の守るべき「エリア・ルール」に向けられる注意が不十分となり,その結果退出時にエラーが発生すると考えられる.したがって,退出時にコミュニケーションをとる「コール・ルール」を設定して実験を行ない,その有効性について検討することが今後の課題である.

(2)ルールの必要性・重要性を理解させる事前教育の実施

今回の実験では,実験者側の設定したトップダウン型ルールであったため,被験者にその必要性が十分に理解されず,その結果エラーが多発したと思われる.したがって,そのルールが本来持つ必要性や重要性を事前に教育することで被験者間から自発的に生じるボトムアップ型のルールで実験を行ない,その有効性について検討することが今後の課題である.

7.参考・引用文献

1)臼井伸之介:ヒヤリハット事例の分析によるヒューマンファクターの研究(1),産業安全研究所研究報告 37−43(1995)
2)臼井伸之介:産業安全とヒューマンファクター(5)‐職場と人間関係のヒューマンファクター(その1)‐,クレーン vol.33 no.12 2−6(1995) 
3)臼井伸之介:産業安全とヒューマンファクター(6)‐職場と人間関係のヒューマンファクター(その2)‐,クレーン vol.34 no.1 9−14(1996)
4)臼井伸之介:人間関係からみた災害防止策-職場の雰囲気及びコミュニケーションエラーについて-,電気評論 1993,5(1993)
5)臼井伸之介,鈴木芳美,江川義之,庄司卓郎:墜落災害の背景にあるヒューマンファクター研究,平成11年度日本人間工学会関西支部大会講演論文集139−142(1999)
6)江川義之,中村隆宏,庄司卓郎,深谷潔,鈴木芳美,花安繁郎:コミュニケーション・エラーが原因である労働災害の分類,日本人間工学会第39回大会講演集 156−157(1998)
7)江川義之,鈴木芳美,深谷潔,庄司卓郎,中村隆宏:共同作業時におけるコミュニケーション・エラー発生の可能性に関する研究,日本人間工学会第40回大会講演集(1999)
8)鈴木芳美,臼井伸之介,江川義之,庄司卓郎:建設工事における墜落災害の人的要因に関する多変量統計解析, 産業安全研究所研究報告 17−26(1999)
9)中村隆宏,江川義之,庄司卓郎:建設作業現場におけるコミュニケーションとエラー発生に関する実験的検討,日本人間工学会平成11年関西支部大会発表論文集 143−146(1999)


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