早稲田大学石田研究室


タイムプレッシャーが作業に与える影響について

合田 悠理子


1.目的

多くの産業分野で、ヒューマンエラーが事故の直接的な原因であるとして注目されるようになってきた。労働省の産業安全年鑑によれば、あらゆる産業のなかで労働災害はおきているものの、建設業においては、他産業に比較して特に災害が多いという報告がある。建設現場において、最も災害件数が多いのが油圧ショベル等によるもので、全体の約半数を占めている。

そこで、本研究においては、多面的なヒューマンファクターの要因から、「焦り、急ぎ、慌て」の心理状態が作業にどのように影響するかということに着目し、実験を設定した。

この実験により、建設現場の油圧ショベルの掘削作業における「焦り、急ぎ、慌て」の心理状態が与える影響について検討し、今後の災害対策に役立てるものとする。

2.先行研究

黒田(1978)は心理的背後要因が人間行動に変化を及ぼして起きるミスについて、懸命ミス、確信ミス、焦燥ミス、多忙ミス、放心ミス、無知ミスの6つを挙げている。作業員の判断ミス、操作ミスが大きな事故につながる場合もあり、作業者のミスの心理的背後要因を探ることは、非常に重要な意味を持つといえる。

谷原(1995)はヒヤリ報告225件の分類から、感情、情動機能によるヒューマンエラーの対応を見出している。この報告によれば、「あわてたときのプレッシャーにより表れる作業における弱点として、1.場面把握の機能、2.思考統合の機能、3.作業行動の機能、4.感情、情動機の4つの機能を挙げている。これらの機能のうち、どれか1つでも欠如すれば、それは災害につながるものとなると考えられるだろう。

3.実験

3.1実験目的

タイムプレッシャーを与えることにより、被験者の作業にどのような変化が起きているかを観察、分析する。

3.2 実験場所

労働省産業安全研究所 共同棟内 VR実験室 (東京都 清瀬市)

3.3 被験者

男性6名、女性4名 計10名 平均年齢22.9歳

3.4 実験装置・器具

実験は労働省産業安全研究所 VR実験室の掘削機シミュレーターを用いて行った。被験者には運転席で掘削作業をしてもらい、その様子を運転席での被験者の作業の様子がわかるよう前後に設置した4台のビデオカメラで撮影し、撮影した実験の様子は4分割ユニットによって1画面にまとめられ、VHSビデオテープに録画された。実験中の音声はマイクを通して録音し、ビデオテープに画像と共に収録した。(図1)

実験装置の配置図(装置上部から)
図1 実験装置の配置図(装置上部から)

3.5 実験内容

実験は1人ずつ、TPあり、TPなしの2条件で実施した。掘削機の部位の名称説明を行ってから、シミュレーター内に入り、シミュレーターの操作方法を説明した。操作方法の説明のなかで被験者はVRシミュレーターを操作して、掘削作業を行い、シミュレーターの画面上で横付けしているトラックの荷台に土を積み込むという作業課題が示された。この積み込み作業において被験者は、運転席の左右にあるレバーを操作して、アームとブーム、バケットの部分を操作し、地面の土を掘って、横付けされているトラックの荷台に積込みを行う。

さらに、その作業課題は決められた4つのルール(1.バケットを閉じたまま、土をすくってはいけない。2.バケット内に土が残っているのに、次の掘削作業に移ってはいけない。3.トラックなどの障害物にショベルをあててはいけない。4.実験者の指示に従って作業する。)に基づいて行うものとし、4つのルールに基づいて作業が完了した場合には成功数として数えられ、1得点として被験者に効果音と得点数が告げられることが示された。また、積込みに失敗したときも効果音によってフィードバックすることとした。被験者はできるだけ多く積込みをして、できるだけ多くの作業得点が得られるように作業をすることが求められた。

本試行の前に、5分間の練習試行を3回実施し、練習試行の2回目、3回目には「できるだけ遠くの土を掘ってください」「できるだけ近くの土を掘ってください」という指示を出し、掘削機の各部位を思いどおりに操作できるように練習をし、操作技量の均質化をはかった。練習試行が終了した時点で、連続して2回積み込み作業ができるかどうかをテストし、できた場合には本試行に移った。できなかった場合はもう一度5分間の練習試行をしてもらい、2回連続して積込みができるようにした。本試行においては、1人2条件で3回の繰り返し実験を行った(図2)。

実験の流れ
図2 実験の流れ

TPなし条件では、「できるだけ多く積込みをしてできるだけ多くの得点が得られるようにしてください。」という教示が与えられ、試行時間は5分に設定した。

TPあり条件では、「できるだけ多く積込みをして○点以上の得点が得られるようにしてください。」と作業得点に明確な目標を与えた上で作業を実施してもらい、さらに画面上に作業完了目標時間までの残り時間の提示、時間の経過と共にテンポが速くなるように設定したメトロノームによる効果音をきかせる、口頭で残り時間を告げる。という3点を実行した。

3.6 分析方法

分析は、VHSテープをDV規格のテープにダビングし、その映像を対象に行った。データの抽出に際して、積込み作業をバケットの動きを基準として、以下の8つの要素((1)降ろす(2)閉じる(3)上げる(4)左ターン(5)一時停止(6)位置調整(7)開く(8)右ターン)に分類し、記録した。

分析はテープに収録した、被験者の操作している、シミュレータースクリーンに映し出されたCG映像をもとに進めた。画像を見ながら8つの作業項目それぞれにかかる時間をストップウォッチで計り、100分の1秒まで解析シートに記録した。

記録方法は、1回の掘削作業の開始から各作業項目の開始の時間までを「開始時間」として記録し、次に各作業項目の開始から終了までの時間「所要時間」として記録する。こうして得られた「開始時間」と「所要時間」を合計した時間を各作業項目の掘削作業開始からの「終了時間」として記入した。

こうして得られた記録を、100分の1秒を四捨五入してデータ化した。縦に1秒を単位とした時間軸をしき、横に作業内容をその内容ごとに数字化したもの(正面=0、降ろす=1、閉じる=2、上げる=3、左ターン=4、一時停止=5、位置調整=6、開く=7、右ターン=8)を1秒につき1つ、記入した。これによってその時間軸上で被験者がその時間内に被験者がどの作業をしているかがわかる。同じ数字の数を数えていけば、その項目の作業時間と一致する。また、作業の複合(例:バケットを上げながら左ターンする等)が起こった場合には、別の列に数字を記入することによって、作業の複合が何秒間続いたものであるかを記録することができた。

4.結果

TPなし条件、TPあり条件のそれぞれについて、以下の6つの要素において比較検討した。

1)トライポイント

時間切れで、作業が完了しなかった掘削作業は、作業終了時の作業項目によって作業量の評価に差がでるため、その作業終了時点において8つの作業項目のうち、どの作業項目をしていたかによって0.25刻みでトライ数に加算し、トライポイントとした。)

<各作業項目に対するポイント数>
 0正面〜(2)閉じるまで=0 point
 (3)上げる〜(4)左ターンまで=0.25 point
 (5)一時停止〜(6)位置調整=0.5 point
 (7)開く=0.75 point
 但し、他の作業項目が複合して行われている場合には、作業進行度の高いほうを優先した。

2)成功数

積込みがルールに基づいて完了し、作業得点として被験者にフィードバックした数

3)失敗数

積込みがルールどおり行われなかった、または荷台に積み込むことができなかった数

4)総操作時間

時間軸のなかにかかれている記号化された作業項目がいくつあるかによって求められる時間。作業項目が2つ複合して行われた場合、その時間軸のなかでは単一で行われた作業よりも総操作時間としては2倍になる。

5)複合作業時間

各作業項目が2つ、3つと複合して行われていた時間

6)1トライあたりの平均所要時間

成功したトライのみを抽出して得た1トライあたりの平均所要時間

これら6つを数による作業効率指標と、時間による作業効率指標の2つに分け、結果を考察した。

4.1トライポイント、成功数、失敗数からみる作業効率の違い

全員分の平均値で比較した結果、トライポイント、成功数、共に、「TPあり」条件のほうが高い値を示し(図4、図5)、失敗数においては、「TPなし条件」の方が高い値となり(図6)、作業パフォーマンスから考えれば、「TPあり条件」のもとに行った作業のほうが効率はよい、という結果を得た。予想では、急ぎの心理状態が、作業効率にはマイナスとなって表れると考えていたが、結果としては逆になった。

トライポイントの比較
図4 トライポイントの比較

成功数の比較
図5 成功数の比較

失敗数の比較
図6 失敗数の比較

以上3つの要素の関係を総合的にみると、(1)トライポイントは、「TPあり条件」では平均して「TPなし条件」の1.26倍に増えている。(2)成功数は、「TPあり条件」では平均して1.5倍に増えている。(3)失敗数は、平均して比較すると大差がみられるわけではないが、ノーミス率(TPなし:13%TPあり:43%)から考えれば、「TPあり条件」のほうが作業効率はよいといえる。しかし、他の要素に比較して個人差が大きい結果であることは注目すべきだろう。

4.2平均所要時間、複合作業時間、総操作時間からみる作業効率の違い

全員の平均値で比較してみると、1回の積込み作業にかかる平均所要時間は、TPあり条件のほうが短縮している(図7)。その原因は、複合作業時間の比較をみてもわかるように、作業の複合によるものが大きいように思われる(図8)。総操作時間においての比較をみると、条件間の差は平均所要時間に増して大きくなっている(図9)。

平均所要時間
図7平均所要時間

複合作業時間
図8複合作業時間

総操作時間
図9総操作時間

以上の要素を総合的にみると、TPあり条件の方が1回の積込みの所要時間は短くなっており、それは、複合作業の発生によるものが大きい。同時に、複数の作業をすることによって、短時間での作業量増大が可能になった。

5.結論

TPがあると、短時間により多くの作業をしようとして、同時に複数ことをこなそうとする傾向がみられた。このことは、個人の能力の範囲内であれば、効率向上につながるが、能力を超えたものであれば、エラーの原因になると考えられる。しかし、過度の課題量は「あきらめ」の心理になる可能性もあり、焦り、急ぎ、慌ての心理状態は、自分の能力と作業課題を照らし合わせ、収まるか収まらないかわからないような状況のときに起こりやすいと考えられる。よって、ミスを起こさず安全に作業を進めるには、(1)無理な作業量を設定しない。(2)適切な作業量は徐々に目標を上げることで見出すことが必要であろう。できるかできないか、難しいところに作業課題を設定するとそれが最も焦りや急ぎの心理を生み出し、ミスを引き起こす原因となる。さらにその作業目標を柔軟に変更できる姿勢を持つことが重要である。

<参考文献>

黒田勲:ヒューマン・ファクターを探る−災害ゼロの道を求めて− 10、16-18、中央労働災害防止協会(1988)


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