早稲田大学石田研究室


現実場面におけるバイアスとヒューマンエラーに関する研究

高橋 明子


はじめに

戦後の目覚しい技術発展により複雑化・巨大化した機械が誕生してきた。そしてこれらのシステムでは自動化が進み,機械側の安全性・信頼性は向上してきた。しかし、1979年のスリーマイル島原子力発電所を初め数々の大事故が起こっており、これらの事故は監視・運転をする人間に起因するエラー、つまりヒューマンエラーが原因となっている。このように技術が進歩しても、システムの一端を担う人間のエラーがシステム全体の信頼性・安全性を脅かすものとなっており、人的要因の研究が重要な課題となっている。

プラントの分野でもシステムを監視するオペレータがプラントの安全、安定を確保するため重要な役割を果たしており、オペレータに関する研究は、教育、インタフェース設計など様々な観点から行われている。その中から本研究では異常診断に関する研究を行った。

先行研究(1)ではオペレータの異常診断時の思考過程とエラー、バイアスに関する研究が初心者を対象に行われたが、オペレータが本来熟練者であること、バイアスが知識や経験に関わると考えられることから、初心者だけでなく熟練者についての研究をすることが望ましいと考えられる。本研究では初心者が熟練して行く過程での思考過程の変化を調べた。そしてエラー、バイアスを分類し、初心者と熟練者を比較することを目的とした。

本研究の背景

1.オペレータの認知モデル

プロセスプラントで監視制御をするオペレータの認知過程をモデル化したものにRasmussen(2)意志決定の梯子モデル(Step Ladder Model)がある。本研究ではこの意志決定の梯子モデルを改良したモデル(図1)を使用した。

認知過程の定性モデル
図1 認知過程の定性モデル

2.ヒューマンエラー、バイアスの定義と分類

ヒューマンエラーの分類に関しては、先行研究で使用したRouse(3)による分類方法を一部改良して用い(表1)、バイアスの分類に関しては、Rasmussenの「人間エラーの発生過程」(4)を基にした分類法(表2)を使用した。

表1 ヒューマンエラーの分類
ヒューマンエラーの分類

表2 バイアスの分類
バイアスの分類

実験方法

被験者:10名(男女各5名、平均年齢21.6歳)
場所:早稲田大学人間科学部520実験室(暗室)
日時:2000年9月25日(月)〜11月9日(木)
1人1日1セットの実験を計4セット(4日間)行い、1人あたりの期間は4〜11日間であった。
装置:パソコン、ディスプレイ、マウス、ビデオカメラ、ピンマイク
内容の概要:被験者がプラントを監視するプラントオペレータとなり、パソコンで作成されたプラントシミュレータ(図2)に発生する単数もしくは複数の故障(ポンプの開固着・閉固着、配管のリーク)をマウス操作により取り除くというものである。

シミュレータの画面
図2 シミュレータの画面

実験全体の流れ:シミュレータの仕組みや実験概要の理解のため、初めに「プラントシミュレータに関する説明」の文章を被験者に読ませ、その後同じ文章をもう一度実験者が読み上げた。そしてシミュレータの操作方法を理解するため、トレーニングとして5試行行った。次に発話を促す教示を与え、発話の練習のため練習試行を5試行行った。そして本試行1回目(20回)、その後休憩を挟んで本試行2回目(20回)行った。
シミュレータに関する説明とトレーニングは第1日目のみ行い、第2日目以降は教示から始めた。
実験配置:被験者はシミュレータ画面に対峙するように座り、左後方からその画面をビデオカメラで撮影した。その際、被験者の思考過程を解明するために、ピンマイクをつけてもらい、発話内容を記録した。

結果と考察

1.データの整理

操作データは実験プログラムにより自動的に記録し、それにプロトコルデータを加えた。そして作成した認知過程の定義(表3)を用い、認知過程を分類し分析データを作成した。(図3)

表3 認知過程の定義
認知過程の定義

分析データの1例
図3 分析データの1例

2.熟練度に関する結果と考察

各被験者が熟練度を調べるため、数値が安定したかどうかを熟練の判断基準とし、各被験者の本試行1〜8回目における操作時間、操作回数を調べた。
 単数事象に関しては安定してきており、ほぼ熟練していると言えるが、複数事象に関しては「1試行あたりの平均時間」で個人差が多く見られた。これは複数事象の方が単数事象よりもエラーをした試行を多く含んでいること、故障の種類によって難易度が異なることなどが原因と考えられるが、今回の結果からでは熟練したとはいえないため、今回は初心者と熟練者の比較ではなく、初心者と経験者として比較を行った。

3.思考過程に関する結果と考察

3-1 思考過程の分岐確率

1日目と4日目の思考過程の分岐確率を以下に示す。(図4、5)

1日目の各認知過程の分岐確率
図4 1日目の各認知過程の分岐確率

4日目の各認知過程の分岐確率
図5 4日目の各認知過程の分岐確率

・全般的にショートカットはあまり見られなかったが、「確認失敗」の際、1日目、4日目ともに「観察」、「同定」、「タスク決定」へのショートカットが見られ、とくに「タスク決定」へのショートカットが多かった。
・「確認」後、直ちに「タスク決定」に戻っているのは、先の「同定」→「タスク決定」の際、故障の箇所の候補がいくつかあり、「確認失敗」の後すぐに次の候補が選択されるためであると考えられる。
・1日目と4日目では分岐確率に関してあまり差が認められなかった。これは初心者と経験者で思考過程に違いがないとも考えられるが、熟練したかどうかの問題や分析時の各認知ステップの定義が影響した可能性もある。

3-2 各認知過程の遅延時間

各認知過程で要した時間を遅延時間とし、1日目と4日目のそれぞれの平均遅延時間を示す(図6)。

各思考過程における平均遅延時間
図6 各思考過程における平均遅延時間

・システムの「観察」や「確認」に時間がかけられており、故障の「同定」にはあまり時間がかけられなかった。これはシステムが単純で、その情報を再構築する必要がないからであると言える。
・「観察」、「確認成功」、「確認失敗」に関しては1日目より4日目の方が遅延時間は大幅に短かった。これにより経験者は初心者よりもシステムの状態を早く把握すると考えられる。

4.エラー、バイアスの分類

4-1 エラーの分類

エラーの発生総数は1日目267個、4日目94個であった。認知過程ごとのエラーの割合を示す(図7)。

認知過程ごとのエラーの割合
図7 認知過程ごとのエラーの割合

・1日目、4日目ともに「確認」でのエラーが約半分を占めていた。これは「確認」が「終了」に直結しているため、「確認」時のエラーが最終的な「不正解」につながるからであるということが挙げられる。
・「同定」でのエラーの割合が、1日目から4日目で低くなっており、経験によって、システムを比較的正確に理解できるようになったと考えられる。

4-2バイアスの分類

バイアスは「1.1慣れによる一点集中」、「1.2慣れていることへの短縮」、「2.1情報を探索・受理しない」、「2.2情報の誤った解釈」、「2.3仮定による情報のすり替え」、「3.1孤立している行為や機能を忘却」が見られた。1日目と4日目の各バイアスの割合を示す(図8)。

各バイアスの割合
図8 各バイアスの割合

「2.3仮定による情報のすり替え」が4日目に大きく減少していた。これは当て推量などの不適当な情報処理が経験することによって減ってきたと考えられるが、サンプル数が少ないため断言することはできない。

4-3 エラーとバイアスの関係

1日目と4日目のバイアスとエラーを示す。(表4、5)

表4 1日目のエラーとバイアス
1日目のエラーとバイアス

表5 4日目のエラーとバイアス
4日目のエラーとバイアス

・「2.3 仮定による情報のすり替え」は1日目で多く、分布も幅広かったが、4日目ではほとんどエラーが見られなかった。2.3のサンプル数が4日目では1つしかないことが原因と考えられるが、被験者がシステムを理解し幅広い分布のエラーが発生しなくなったことにより、当て推量などの不適当な情報処理が減少していったとも言える。
・「3.1 孤立している行為や機能を忘却」は1日目では幅広い分布だったが、4日目では「確認」の「欠落」の項目のみ多く見られた。これは1日目での確認のし忘れ傾向が保持されることで4日目でも1箇所の故障に気を取られ、その故障は的確に操作できるがシステム全体の状態を確認しなくなるということが考えられる。

結論

1.異常診断時における思考過程

異常時における思考過程は初心者と経験者とも一定の思考過程が保持されるが、初心者より経験者の方がシステムの把握が早くできるようになる。
 しかし、どれだけ熟練しているかという問題や定義の影響などが考えられ、詳しい分析が必要である。

2.エラー、バイアスについて

初心者より経験者の方がシステムの異常事態を比較的正確に理解するようにはなるが、異常診断では両者とも「確認」の段階で最もエラーが発生しやすく、とても重要な過程であると言える。したがって確認操作に関する教育やルールを作ることなどにより、システム確認時のオペレータのパフォーマンスを高めることがエラー防止に有効であると考えられる。
 経験をすることで当て推量などに基づく不適切な情報処理が減少し、システムを理解できるようになると言えるが、サンプル数が少ないため検討が必要である。

今後の課題

・本研究では異常診断時の各認知過程の定義を行ったが、この定義に関してプロトコルデータよりも操作データを重視した部分があり、ショートカットが実際以上に少なかったように思われ、定義の再考をする必要がある。
・エラー、バイアスに関して「不正解」のみを分析対象としたが、他にもエラー、バイアスが発生した可能性のある「最終的に正解した試行」も分析し、エラー、バイアスの網羅的な分析をする。
・1日目、4日目に限り思考過程について分析したが、1日目から4日目を連続的に思考過程を調べ、より詳しい思考過程の変遷を見る。

参考文献

1 村上康友:"人間の思考過程におけるバイアスとヒューマンエラーに関する実験的研究"早稲田大学大学院人間科学研究科修士論文、1999
2 Jens Rasmussen著、海保博之、加藤隆、赤井真喜、田辺文也訳:"インタフェースの認知工学 人と機械の知的かかわりの科学"啓学出版、1990
3 W.B.Rouse & S.H.Rouse:"Analysis and classification of human error"IEEE Transactions on Systems,Man,and Cybernetics、Vol.13、No.4、pp.539-549、1983
4 林喜男:"人間信頼性工学−人間エラーの防止技術"海文堂出版、1984


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