早稲田大学石田研究室


路上マーキングによる自動車運転者への影響に関する一研究

金岩 良和


1. はじめに

一般の自動車道路を走行すると,下り坂や危険なカーブの手前などで,路上に連続的な横縞などの道路マーキングが引かれていることがある.これらは,危険を喚起させたり,速度を下げさせたりすることを目的として設けられている.本研究では,この道路マーキングに着目し,自動車運転者の危険感や速度感にどのような影響を与えるのかを調べた

Denton(1971)とRutley(1975)は,車線上に横線を連続して描き,線と線の間を指数関数的に次第に狭くした.こうした路面表示の実験により,速度減少の効果が示された.また,Gawron & Ranney(1989)らも,Herringbone型の路上マーキングによって,カーブの進入速度の減少効果が見られたとしている.速度感推定の研究については,Milosevic(1986),Triggs & Berenyi(1982),Evans(1970),Recarte(1996)らが,速度推定の実験において,過小評価されることを示した.また,EvansとMilosevicの実験において,絶対推定誤差は速度が増加するにつれて減少したが,聴覚情報がない場合にはこの効果は証明されなかった.

これら過去の研究では,同一被験者へのマーキングの種類の違いによる比較は行われていない.そこで本研究ではそのうち代表的な2パターンを用いて,ドライバーの速度感や危険意識にどのような効果と違いがあるのかを調べることとした.

2. 目的

いろいろな道路マーキングが,自動車運転者にどのような影響を及ぼしているのかを探るために,同一条件道路において,速度感と,危険や不安に関する知覚について道路マーキングによる差を調べることを目的とした.

3. 方法

3.1. 実験準備

8mmビデオカメラを自動車に設置し,ドライバーの視点から直線道路走行中の映像を撮影した.さらに,マーキングを2種類撮影し,これらの映像をパソコンに取り込んだ.30フレーム/秒に分割し,直線道路上にマーキングを上書きする形で合成し,それを動画に戻すという形で,10秒間の刺激映像を作成した.刺激映像は,標準(マーキングなし),山型(図1),横縞(図2)の3パターン,速度30,40,50,60,70km/hの5種類の合計15条件を用意した.

また,実験映像と関連する心理尺度として,速い−遅い,危険−安全,安定−不安定,快−不快,不安−安心の5つの項目を用意した.

山型マーキング
図1 山型マーキング

横縞マーキング
図2 横縞マーキング

3.2. 実験方法

1)実験日時・場所

 1998年12月9日〜13日
 早稲田大学人間科学部520暗室

2)実験器材

 スクリーン オーロラVPSパウダー100
 液晶プロジェクタ シャープ XV-E550
 コンピュータ FUJITSU FMV SIII165
 バランスチェア
 S-VHSビデオデッキ 東芝A-VS1

3)実験手順

案室内のプロジェクタ上に,作成した刺激映像を提示し,その速さについて評価刺激を100としたときの相対値を,整数値で推定してもらった.15条件,10秒間の映像をそれぞれ6回ずつ合計90試行をランダムに提示し,10試行ごとに標準刺激をはさんだ.また,5項目の心理尺度について,各映像終了後ごとに投影し,それぞれ5件法で評定してもらった.

4. 結果・考察

4.1. 速度推定値のマーキングによる比較

マーキングの種類による各刺激映像の速度推定値の結果を対数変換し,相当速度との対応のグラフを図3に示した.

速度推定値
図3 速度推定値

「マーキングの種類」×「速度」による2要因分散分析の結果,交互作用に有意傾向が見られた(F(8,80)=2.04, .10<p<.05).

さらに,LSD法による多重比較の結果,平均値の差がみられたのは,
 (1)標準と横縞は30,40,50,70km/h
 (2)標準と山型は30,40km/h相当速度
であり,横縞と山型のマーキングの違いによる差はすべての速度において有意ではなかった.このことは,低速度条件下では注意配分に余裕があり,マーキングに関する効果が大きかったと考えられる.

4.2. 標準の速度推定値と理論値との比較

標準,理論値について種類×速度の2要因分散分析を行った結果,刺激の種類の主効果が有意(F(1,100)=28.41, p>.005)であった.したがって,理論値に対する,映像における速度評価の過小評価において,Evans(1970),Osaka(1988)らの実験によって報告されている過小評価について裏付ける形となった.

4.3. 心理尺度に関する評価

各尺度項目ごとに,「マーキングの種類」×「速度」の2要因分散分析を行った結果,全ての項目で種類と速度のそれぞれの主効果が有意であり,交互作用は有意ではなかった.さらにTukeyのHSD検定による多重比較を行った.また,各尺度項目における評価値の平均のグラフを図4〜8に示した.

(1)速い−遅い

「速い−遅い」尺度の平均値
図4 「速い−遅い」尺度の平均値

・種類の主効果は,F(2,150)=3.16 (p<.05)で有意.HSD=3.25で,標準と横縞の間で有意な差が見られた.
・速度の主効果は,F(4,150)=30.68 (p<.005)で有意.HSD=4.19で,30,40,50km/hの間で有意な差がみられた.

(2)安全−危険

「安全−危険」尺度の平均値
図5 「安全−危険」尺度の平均値

・種類の主効果は,F(2,150)=8.76 (p<.005)で有意.HSD=2.83で,標準と横縞,標準と山型の間で有意な差がみられた.
・速度の主効果,F(4,150)=30.68 (p<.005)で有意.HSD=4.19となり,60,70km/hの間で有意な差がみられた.

(3)快−不快

「快−不快」尺度の平均値
図6 「快−不快」尺度の平均値

・種類の主効果,F(2,150)=30.18 (p<.005)で有意.HSD=2.22で,全ての条件間で有意な差がみられた.
・速度の主効果,F(4,150)=3.21 (p<.025)で有意.HSD=2.87で,隣り合う全速度間で有意な差は見られなかった.

(4)安定−不安定

「安定−不安定」尺度の平均値
図7 「安定−不安定」尺度の平均値

・種類の主効果,F(2,150)=38.13 (p<.005)で有意.HSD=2.53で,全ての条件間で有意な差がみられた.
・速度の主効果,F(4,150)=3.02 (p<.025)で有意.HSD=3.27で,隣り合う全速度間で有意な差は見られなかった.

(5)安心−不安

「安心−不安」尺度の平均値
図8 「安心−不安」尺度の平均値

・種類の主効果,F(2,150)=19.09 (p<.005)で有意.HSD=2.5で,標準と横縞,標準と山型の間で有意な差がみられた.
・速度の主効果,F(4,150)=6.46 (p<.005)で有意.HSD=3.22で,隣り合う全速度間で有意な差は見られなかった.

5つの尺度評価の結果から,
・速度感については低速の方が差が大きい.
・危険感に関しては逆に高速の方が差が大きい.
・不快感,安定感,不安感に関しては速度による差がない.
といえる.

このことは,4.1.と同様に低速ほど速度感に関してはマーキングの効果が大きく,また,高速になると情報量の多さによって危険感が増し,さらにマーキングの効果も重なって差がみられたと考えられる.

不快,安定,不安の尺度に関しては,被験者の実験後の感想などからも判断したが,マーキングよりも映像の状態に起因したと考えられる.

5. 結論・今後の課題

以下のことが結論付けられた.
(1)マーキングの速度感への効果は低速条件下(30,40km/h相当)の方がより有効である.
(2)横縞と山型のマーキングの種類による速度間の差はない.
(3)危険感に関しては高速(60,70km/h相当)な条件下で有効である.
(4)速度感推定は,実速度よりも過小評価される.

今回の実験では,刺激の映像作成が難しく,合成したマーキングありの映像では違和感をどうしても感じた.この実験をふまえて,より違和感のない刺激映像を用いて,また,マーキングの種類による差が今回は出なかったので,マーキングの種類による効果を比較する上では,様々な種類による効果を比較する上では,様々な種類のマーキングを用いてさらに実験を行う必要があると考えている.

6. 参考・引用文献

1)Garwon, V. J. and Ranney, T. A.: The Effects of Spot Treatments on Performance in a Driving Simulator under Sober and Alcohol-dosed Conditions, Accident Analysis and Prevention, Vol.22, No.3, 263-279, 1990
2)Denton, D. D.: The Influence of Visual Pattern on Perceived Speed, Perception, Vol.9, 393-402, 1980
3)Wong, Y. D. and Nicholson, A.: Driver Behavior at Horizontal Curves Risk Compensation and the Margin of Safety, Accident Analysis and Prevention, Vol.24, No.4, 425-436
4)Hoyos, C. G.: Mental Load and Risk in Traffic Behaviour, Ergonomics, Vol.31, No.4, 571-584, 1988
5)Lines, S. and Searle, J.: Factors Affecting the Impression of Vehicle Speed Gained from a Video Recording, Percptual and Motor Skills, Vol.81, 472-474, 1995
6)長島一三:視覚的イメージによる道路標示,交通工学,Vol.31,68-69,1996
7)シャイナー,D.(野口薫・山下昇訳):交通心理学入門,サイエンス社,1986
8)クレベルスベルク,D.:交通心理学,企業開発センター交通問題研究室,1990


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