早稲田大学石田研究室


道路環境と速度評価に関する一研究
−道路環境の変化が速度感覚に及ぼす影響−

岩間 和かな


1. 目的

自動車走行時における速度感覚は走りやすさと密接な関係があり,速度感覚の麻痺しにくい道路環境を作ることは今後の交通社会における課題である.そこで本研究においては,道路環境を構成する要素の中で特に速度感覚を規定すると思われる沿道のガードレールを取り上げ,その変化により速度感覚がどのように影響されるかを考察する.

2. 実験

2.1. 実験概要

スクリーン上に道路走行場面を提示し,速度評価を行う.評価方法はマグニチュード推定法を用い,基準となる刺激の速度を100とした時の比較刺激の速度を評価させる.

2.2. 刺激作成

2.2.1. ビデオ撮影

直線道路(対向車,駐車車両,追越車いずれもなし,1車線幅:359cm,歩道幅:356cm)を60km/hで走行し,車内からのビデオで撮影した.カメラ位置はおよそ運転者の目の高さになるように設置した(カメラ位置:地面から121.5cm,右ドア上部から43.5cm,カメラ画角:52度).

2.2.2. ビデオ編集

(1)画像処理

撮影したビデオ映像を30フレーム/secの画像としてコンピュータに取り込む.コンピュータ上で画像処理後,再びビデオに出力する.

編集作業は,ガードレールの幅の変更(実際幅290cmを580cmに変更)及びガードレールのパターンの変更(単純化)を行う(図1・図2・図3参照).

画像処理によるガードレールの単純化
図1 画像処理によるガードレールの単純化

刺激1(ガードレール処理なし)
図2 刺激1(ガードレール処理なし)

刺激2(ガードレール処理あり)
図3 刺激2(ガードレール処理あり)

(2)速度編集

処理した動画の速度を編集し,30km/h〜70km/hまでの10km/hごとに計5種類作成.

(3)使用ソフト

 Fast Multimedia AG DVmaster 1.1
 Adobe Photoshop 5.0
 Adobe Premiere 4.2J

2.2.3. 提示刺激

刺激2種類×速度5種類=映像10種類はすべて秒間提示された.

2.3. 評価方法および刺激の提示方法

マグニチュード推定法を用いた.標準刺激の速度を100としたときの比較刺激の主観的速度を整数値で評価した.
 標準刺激は各系列の最初にのみ提示し,その後比較刺激を連続的に提示した.
 比較刺激は各刺激につき速度5種類を2試行ずつ,計10試行をランダムに提示した.

2.4. 実験日時・場所

 日時:1998年11月25日〜12月1日
 場所:早稲田大学人間科学部520実験室(暗室)

2.5. 被験者

 早稲田大学人間科学部学生50名(男25名,女25名)
 全員矯正視力正常

2.6. 実験装置・器具

 SHARP液晶プロジェクターXV-E550
 スクリーン
 SONYビデオカセットレコーダーEV-FH10
 椅子(高さ調節できるもの)
 マルチン式人体測定器

3. 結果・考察

3.1. 実験結果

実験の結果を図4に示す.

各刺激における実際速度と評価速度
図4 各刺激における実際速度と評価速度

得られたデータは対数変換を行い,以下の統計処理には対数変換値を用いた(図5).

各刺激における実際速度と評価速度(対数変換値)
図5 各刺激における実際速度と評価速度(対数変換値)

速度5水準と刺激2水準の10条件ニ要因分散分析を行った結果,速度の効果(F(4,,,499)=353,53, p<.01)及び速度×刺激の交互作用(F(4,499=3.74, p<.01)が有意であった.刺激の効果は有意ではなかった(F(1,499)=2.81, p>.10).交互作用が有意であったので単純主効果の分析の結果,刺激1における速度の主効果(F(4,196)=220.90, p<.01)および刺激2における速度の主効果(F(4,196)=213.82, p<.01)が有意であった.LSD法による下位検定の結果,刺激1においてはすべての速度間に有意差が見られた(Mse=0.01,5%水準)が,刺激2においては60km/hと70km/hにのみ差がみれらなかった(Mse=0.01,5%水準).また,40km/hにおける刺激の主効果が有意傾向(F(1,49)=3.66, .05<p<.01)であり,刺激2の方が過大評価された.60km/hにおける刺激の主効果が有意(F(1,49)=12.20, p<.01)であり,刺激2の方が過大評価された.70km/hにおける刺激の主効果が有意(F(1,49)=4.27, .01<p<.05)であり,刺激2の方が過小評価された.30km/hおよび50km/hにおいては刺激の主効果は見られなかった.

以上より,速度により刺激の影響は異なるということがわかる.40km/h,60km/hでは仮説に反して刺激1よりも刺激2の方が過大評価され,70km/hにおいてのみ刺激1よりも刺激2の方が過小評価され仮説と一致した.したがってこのことに影響すると思われる要因について,以下のような分析を行った.

3.2. 個人差の影響

(1)免許による効果

先行研究より,映像評価においては速度評価に影響はないが,実車においては免許の有無によって速度評価が異なり,免許無群の方が速度の過小評価が大きいという結果がえられている.そのため,免許の有無による効果について,免許の有無(2水準),速度(5水準),刺激(2水準)の20条件3要因の分散分析を行った.その結果,免許による主効果は有意ではなく(F(1.48)=1.34, p>.10),先行研究と一致した.その他交互作用も有意ではなかった(p>.10).

(2)運転頻度による効果

先行研究においては運転経験による速度評価への影響はみられていない.しかしこれについても運転頻度(3水準),速度(5水準),刺激(2水準)の30条件3要因の分散分析を行った.その結果,運転回数による主効果は有意ではなく(F(2,48)=4.70, .05<p<.10),先行研究と一致した.その他交互作用も有意ではなかった(p>.10).

(3)性別による効果

先行研究において男女差の影響はみられていないが,これについても性別(2水準),速度(5水準),刺激(2水準)の20条件3要因の分散分析を行った.その結果,性別による主効果は有意ではなく(F(1,48)=0.643, p>.10),先行研究と一致する結果が認められた.その他交互作用についても有意ではなかった(p>.10).

3.3. 注視位置による効果

周辺視野の対象を目で追従する場合と中心視野の対象を注視する場合とでは速度評価は異なるということがこれまでの研究で明らかになっている.よって本実験においては道路の消失点を注視するように教示を与えたが,実験後の質問項目の記入より,消失点を中止した被験者はほぼ1/3であった.そのため注視位置の違いによる影響を見るため,注視対象の位置(3水準),速度(5水準),刺激(2水準)の30条件3要因の分散分析を行った.その結果,注視位置による主効果は有意ではなかった(F(2,48)=0.04, p>.10).

4. 結論

(1)運転免許の有無による速度評価への有無は有意ではなく,先行研究と一致した.
(2)運転頻度の影響については有意ではなく,先行研究と一致する結果となった.
(3)性別による影響はみられず,これも先行研究と一致する.
(4)以上より,個人差による影響及び注視位置による影響に関しては今回の実験結果の主たる要因とはならなかった.よって本実験において40km/h,60km/hでは仮説に反する結果となり,70km/hにおいてのみ仮説の通りになったのは,以下のどちらかによる説明が可能であると思われる.

(1)画像処理の結果,刺激2の路側に速度評価を増加させる画像の変化が現れたが,高速度になるとその変化の影響が無くなり,純粋にパターンによる影響が生じた.
(2)高速度では路側環境の変化による影響が見られるが,低速度では路側環境の変化による影響は見られない.

5. 今後の展開

(1)ガードレールのパターン

パターンの変化をより多く作成し,またその対象であるガードレールそのものの面積や高さ,密度についても条件を増やし,追加実験を行う.道路環境の変化は速度感覚に影響を及ぼすといわれており,また単純なオプティカルフローを使用した知覚実験においては明らかな影響がみられているため,実際の道路環境において効果があるという根拠を得る必要がある.

(2)目の固定点

本実験においては目の固定点を先に示し映像提示中は表示を消したが,注視点を固定する方法として映像を通して注視点を表示し強調する方法をとるなどすることが効果的であると思われる.

(3)速度の編集

本実験における刺激に使用した映像は60km/h走行の映像一つであり,速度30,40,50,70km/hはフレーム編集において作成したものである.よって70km/hにおいてのみ映像に不自然さがみられた.このような映像作成時の問題についても今後検討する.

(4)刺激の提示方法

本実験で用いた提示方法は,標準刺激の提示が最初1回であった.マグニチュード推定法での提示方法はこの方法のほかに,標準刺激と比較刺激を交互に提示する方法があり,こちらの方が一般的であり,この提示方法についても検討する.

(5)試行数

本実験では被験者50名に,10試行ずつというきわめて少ない試行数で行った.その影響も検討すべきである.

6. 追加実験計画

本実験を踏まえ,追加実験を行う.改良点は以下のとおり.
1)注視点の固定・・・なし
2)速度編集・・・70,80km/hをスムーズに作成
3)提示方法・・・標準,比較刺激を交互に提示
4)試行数・・・一人60試行ずつ

7. 参考・引用文献

1)Ohta and Komatsu: Speed Perception in Driving -Comparison with TV observation, Vision in Vehicle 3, 415-426, 1991
2)Recarte and Nunes: Perception of Speed in an Automobile: Estimation and Production, Journal of Experimental Psychology: Applied, Vol.2, No.4, 291-304, 1006
3)Salvatore: Estimation of Vehicular Velocity under Time Limitation and Restricted Conditions Observation, Highway Research Record, No,195, 66-74, 1967
4)Bartmann, Spijkers & Hess: Street Environment, Driving Speed and Field of Vision, Vision in Vehicles 3, 381-389, 1991
5) Denton: The Influence of Visual Pattern on Perceived Speed, Perception, Vol.9, 393-402, 1980
6) Milosevic, S.: Perception of Vehicle Speed, Revija za Psihologiju, Vol.16, 11-19, 1986
7)Evans, L.: Speed Estimation from a Moving Automobile, Ergonomics, Vol.13, No.2, 219-230, 1970
8) Matthews and Cousins: The Influence of Vehicle Type on the Estimation of Velocity while Driving, Ergonomics, Vol.23, No.12, 1151-1160, 1980
9)Raggatt and Brookhuis: Effect of Road Layout and Road Environment on Driving Performance, Drivers' Physiology and Road Appareciation, Ergonomics, Vol.38, No.7, 1395-1407, 1995
10)大山正他(編):感覚・知覚心理学ハンドブック,誠信書房,1994
11)日本交通心理学会(編):人と車の心理学Q&A,清文社,1993
12)クレベルスベルク,D.:交通心理学,企業開発センター交通問題研究室,1990


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