早稲田大学石田研究室


人間の周辺視能力における学習効果

喜多 浩


1. 目的

現在日本では車の数が年々増えつづけており,それに伴い交通事故件数も増加の一途をたどっている.特に免許取得後一年以内のドライバーによる事故が非常に多く,若いドライバーの無謀な運転と共に運転技術の未熟さが社会問題になっている.また,日本の超過密な社会の中では,必要とされる運転技術がたいへん高度になり,人間の生理的能力の限界を超える状況もしばしば起こりうることも事実である.

我々は目でものを見て,判断して行動する.日常の何気ないしぐさから自転車や車の運転のような複雑な動きに至るまで,視覚を必要としない動作はないといってよいほどである.危険を回避するときも例外ではない.人はいろいろな形で身の危険を感じることができるが,例えば目でそれを察知するときは,視野の中にある様々な情報の中から危険であると思われるものを見つけ出すという作業をするのである.自動車の運転中,突然飛び出してくる子供が目に映ったとき,視線を子供に向けてからブレーキを踏んだのでは間に合わないかもしれない.しかし人間には,直接見てはいなくても,視野の片隅にうつる危険を反射的に感じて回避する能力がある.仮に,そのような能力が訓練によって高められるなら,優秀なドライバーの育成につながるだろう.今回の研究は,その優秀なドライバーを教習段階で育成することを最終目標として開始された.したがって実験にあたっては自動車教習所にもご協力いただき,貴重な資料を収集した.本論文は研究の第一段階となる,訓練による周辺視能力向上効果を確認することを主旨とするものである.

2. 方法

1)被験者:普通免許を持つ学生ブロックA1(6名),普通免許を持たないブロックA2(6名),女子学生のブロックB(5名),30〜70歳の自動車教習生ブロックC(7名)の計23名.
2)手順:被験者は椅子に腰掛け,ディスプレイの真正面にある顎台に顎を乗せる.顎代の調節により目の高さを床から100cm,ディスプレイ中央を直視できるように設定する.肘から先を机上にのせ,右手の指をスペースキー,左手の指をマウスの左ボタンにのせる.そのため被験者はやや前かがみになるが,頭部は耳眼水平の状態を保つようにする(図1 実験システム 参照).

実験システム
図1 実験システム

被験者はディスプレイ中央に提示される3種類の円を直視して,赤の円が提示されたときのみ左手のマウスの左ボタンをできるだけ速く押す.指はとくに指定しない.この作業を続けながら,スペースキーの押下によって周囲に設置されたランプの点灯に応答する.設定された時間間隔で6個のランプのうちどれか1つが点灯するが,被験者は点灯に気づいたらできるだけ速くスペースキーを押す.このとき,視線を中心からずらさないように教示する.ランプが60回点灯した時点で1回目の実験を終了する.1人あたりの総試行回数は3日間で,180回である.実験は3日間連続して行う.

3. 結果

平均反応時間はA1とA2にはあまり差が見られず,A1,A2に比べてBの反応時間は長く,Cはさらに長い.また,提示角度別では,30度と55度との差よりも,55度と80度との差が顕著であるといえる.平均反応時間の推移を見ると,どのブロックも3日間で減少の傾向が見られる.

反応時間の個人別測定値を初回から10回の平均反応時間を1とする比率に変換し,反応時間の平均減少率を求める.その比率をもとに曲線回帰を行い,相関係数rを求めた.回帰させる曲線の式は,独立変数をx,従属変数をyとするy=a+blogxである.y切片a,x係数b,相関係数rの値および回帰曲線の一例を図2(被験者全員30度)に示す.

回帰曲線および相関係数
図2 回帰曲線および相関係数

また,分析結果として,提示角度と試行数の主効果および提示角度と試行数の交互作用が有意であった.しかし,被験者ブロックの主効果は認められなかった.

中心視の提示刺激についても周辺視の平均反応時間との相関を調べた結果,赤色の提示数,誤反応数ともに周辺視の平均反応時間との相関は見られなかった.

4. 考察および結論

1)周辺視の反応時間を測定した結果として,平均反応時間に男女差,年齢差が認められた.また,普通免許の有無については差が認められない.さらに,提示角度において,30度の反応時間がもっとも早く,80度の反応時間が最も遅いといえる.
2)平均反応時間の減少率を曲線回帰した結果,各ブロックおよび被験者全体として学習効果が認められた.ブロックB(学生女子)の相関係数が比較的低いが試行を繰り返すことによってより高い相関が得られるものと思われる.
3)被験者ブロックの違いによる学習効果の差は認められなかった.平均反応時間には被験者によってかなりの差があるが,学習効果の推移には差がない.つまり,訓練による限界値も被験者によって異なるといえる.
4)試行数の増加に伴う学習効果の推移において,提示角度の違いによる差が認められた.学習効果が最も早い段階で見られたのは30度,次いで55度であった.80度については,どの段階で顕著な効果が見られるかは明確にはなっていない.しかし,他の角度と比較して大きな差はないと予測される.
5)中心視の誤反応と周辺視の平均反応時間には相関がないといえる.語反応は被験者による差が最も大きく,それらの平均反応時間への影響は予想以上に少ない.実験開始前の的確な教示と十分な練習試行が重要である.


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