早稲田大学石田研究室


静止画像の提示時間が危険評価に与える影響

森下 浩紀


1、はじめに

平成10年度の道路交通事故の死者数は、事故発生から24時間以内に死亡した場合でみて9211人と、平成8年から3年連続して1万人を下回ってはいるが、道路交通事故の発生件数は6年連続で過去最悪の記録を更新し、死傷者数では28年ぶりに過去最悪の値になるなど、依然として厳しい状況が続いている。つまり、交通安全の問題は、毎年約1万人もの人が亡くなり、約100万人の人が負傷するという国民にとって最も身近で重大な社会問題である。このように、交通事故による死者数は減少しているものの、交通事故の発生件数が減少していないという背景には、運転者それぞれの持つ危険に対する考え方が原因であると考えることができる。交通事故を減少させるためには、交通環境の整備を行うだけでなく、ドライバーの持つ危険感を研究し、運転者教育のシステムを改善していかなくてはならないであろう。そこで本研究では、ドライバーの危険感というものにスポットを当て、危険評価のあり方を探る。

2、目的

より安全な交通環境の発達のためには、ドライバーの持つ危険感受性そのものを研究し、ドライバー個々人の持つ危険感受性をより良い方向に高めるための教育方法、訓練方法を開発しなくてはならないと考える。しかし、その方法論は大成しておらず、いまだ議論されている段階に過ぎない。
 本研究では、この問題解決の一環として実験室内において様々な交通場面を想定した静止画像を提示し、その際の刺激提示時間を変化させることによって人間の下す危険評価がどのように変化するかを調べる。

3、実験準備

刺激の作成

 撮影日時 2000年10月10日 14時〜16時
 撮影場所 所沢市〜飯能市にかけての一般道・市街地
 撮影機材 デジタルカメラ(NIKON COOLPIX 950)
      乗用自動車(ニッサンセドリック)

質問項目の作成

実験で用いる質問は、質問1「主観的な危険感」を中心に、その状況に対して下された危険感が何に起因するものであるかを判断するためにさらに4つの質問を加え、1刺激ごとに計5つの質問をすることにした。各質問は、質問2「注意の集中ヵ所の個数と危険感との関連」、質問3「空間的な余裕の度合い」、質問4「出しうる速度的余裕と危険感との関連」、質問5「走りの快適性と危険感との関連」を判断しうるものとして先行研究・予備実験の結果から選定・作成したものである。なお、これらの質問はすべて選択肢形式で、質問1,3,4,5が5択、質問2が3択である。

4、実験

 実験日時 2001年11月8日〜11月30日
 実験場所 早稲田大学人間科学部キャンパス・520暗室
 被験者  普通運転免許を有する大学生および大学院生計30名(男性15名・女性15名)
      年齢は19歳〜25歳、平均年齢は22.0歳
 実験機材 AV Tachistscope IS-702 富士通FMVデスクパワーSW-165

被験者にディスプレイを通して刺激映像を提示する。刺激映像が一定時間(2.5秒・5秒)提示されたあと、質問とそれに対する答えの選択肢が表示される。被験者が回答キーを押すと、自動的に次の質問に移り、5つの質問に答え終わると次の刺激映像が表示される。試行数は2.5秒で40試行、5秒で40試行の計80試行であり、刺激映像は同じものを用いた。ただし、表示される刺激映像の順序は被験者ごとにランダムとし、提示時間についてもどちらを先に行うかはランダムとした。

実験の流れ

図1 実験の流れ

本試行の流れ

図2 本試行の流れ

5、結果・考察

データ分析・解析方法

本実験では、40枚の刺激映像を、その刺激が持つ情報量(危険の数)で危険評価値0〜危険評価値4の5段階に分類し、それぞれについて分析を行うことにした。分類された各危険評価値の刺激数は、危険評価値0:2・危険評価値1:6・危険評価値2:14・危険評価値3:16・危険評価値4:2である。

被験者30名から得たデータを分析するにあたり、2.5秒の試行と5秒の試行との間に現れた差が有意なものであるかどうかを判定するために、質問1,3,5に関してはt検定を、質問2,4に関してはχ2乗検定を用いることにした。また、全被験者を運転経験別(運転する群:10名・運転しない群:20名)、男女別(男性:15名・女性15名)に分類し、同じように分析を行った。そしてさらに、数量化I類を用いて質問1に対してその他の質問がどのような関係を持ち、どのように影響を与えているかについて調べた。

結果・考察

全被験者を対象にしての2.5秒と5秒との比較

→ここで有意な差が現れたのは2問目にける危険評価値2および3である。残差分析の結果を見てみると、刺激映像を長く提示したときのほうが全体を広く見渡しているということになる。しかし、この結果は質問1の「主観的な危険感」にはほとんど影響を及ぼしていない。理由として、30名の被験者間で運転免許取得後の経過年数や、日頃の運転頻度などにバラツキがあったためであると考えることができる。

経験別による2.5秒の比較/経験別による5秒の比較

→運転する群:10名と運転しない群:20名による比較では、2.5秒・5秒のいずれにおいても運転しない群の被験者の方が全体的に平均点が高い。危険評価値の高いものほどその傾向は更に顕著で、平均点の開きも大きい。自動車運転時の危険評価には、運転者自身の運転能力の理解が大きく影響するといわれており、本実験においてもその傾向があらわれたといえる。つまり、運転する群の被験者は、運転しない群に属する被験者に比べて、自己の運転能力をより理解しているということである。

運転する群の2.5秒と5秒との比較/運転しない群の2.5秒と5秒との比較

→運転する群の2.5秒と5秒の比較を見てみると、平均点にほとんど差が見られない。つまり、運転する群の被験者は静止画像の提示時間による危険評価への影響をほとんど受けないということがいえる。それに対し、運転しない群の2.5秒と5秒の比較を見ると、質問2「注意の集中ヵ所の個数と危険感との関連」において差が見られる。残差分析の結果を見ると、刺激映像を長く提示した時のほうが広く全体を見渡す傾向が強い。運転する群の結果にこの傾向があらわれていないことから、運転する群の被験者は刺激映像の長短に関わらず危険と思われる対象物を的確に検出するのに対し、運転しない群の被験者は静止画像の提示時間の差による影響を受けた結果として、評価に差があらわれたものと考えることができる。

男女別による2.5秒の比較/男女別による5秒の比較

→男女別(男性15名・女性15名)による比較では、全体として男性より女性の方が平均点が高く、女性のほうが危険を高く評価しているという結果を得た。しかし、前に述べた運転経験別の比較において男女の内訳を見てみると、運転する群(男性8名・女性2名)、運転しない群(男性7名・女性13名)であり、女性のほとんどが運転しない群に属することに起因する結果だと考えることができる。

男性の2.5秒と5秒との比較/女性の2.5秒と5秒との比較

→経験別比較で述べた質問2「注意の集中ヵ所の個数と危険感との関連」において、ここでも同じような結果を得た。女性の方が男性に比べて全体を広く見渡すという傾向が強い。だがこの結果はやはり、女性のほとんどが運転しない群に属することから導き出された結果であると考えることができる。

数量化I類の結果

質問1「主観的な危険感」を外的基準とした、説明変数である質問2「注意の集中ヵ所の個数と危険感との関連」、質問3「空間的な余裕の度合い」、質問4「出し得る速度的余裕と危険感との関連」、質問5「走りの快適性と危険感との関連」の関係性を見てみると、行った全分析のいずれに関しても重相関係数が高い値を示している。また、カテゴリースコアを見てみると、質問5「走りの快適性と危険感との関連」の各選択肢に対する値が他に比べて高い。この結果は、質問1に対して質問5がいちばん影響を及ぼしているということである。つまり、ある刺激映像に対して質問1で「安全である」と評価されたとき、質問5では「走りやすい」と評価されることが多い、ということである。

全分析を通しての考察

全分析を通して、静止画像の提示時間の長短が危険評価に一番大きく影響を及ぼしたのは、運転経験別で行った分析である。運転経験のある被験者は運転経験のない被験者に比べて自己の運転能力をより理解していることから、危険に対する評価に差が出たと考えられる。男女別で行った分析では、被験者の運転経験が偏っていたために経験別で行った分析と同じような結果になった。そのため、本実験を見る限り静止画像の提示時間の長短が男女の下す危険評価に違いをもたらすとは言えない結果となった。

反省点・今後の課題

今回の実験で用いた静止画像は、所沢キャンパス近郊で撮影したものであり、日頃日常的に車を利用している被験者にとっては見慣れた風景であった。教示で、「日頃あなたがこの道路を利用する時の運転行動を思い出して質問に答えるのではなく、画面の中の状況だけを見て判断してください。」と伝えたものの、やはりどうしてもそうは思えなかった、と感想を述べた被験者が数名いた。そのため、すべての被験者に同一条件のもとで実験が行われたかどうかということにやや疑問が残る。また、分析にあたって静止画像刺激を危険評価値別に分類したが、各危険評価値ごとの刺激数が異なっていたため、評価値間での分析にやや難があった。これらの反省点を生かして実験を行えば、さらに興味深い結果を得ることができるかもしれない。

結論

・静止画像の提示時間の違いが人間の下す危険評価に影響を与えるとは必ずしも言えない。
・危険評価に影響を及ぼすのは運転経験の有無・自己の運転能力の理解であると考えられる。

参考文献

・ 日本交通心理学会編 「人と車のQ&A」 清文社
・ 総務庁 「平成11年度版交通安全白書」
・ 深澤伸幸 「危険感受性(仮称)テストの研究(1)」, Japanese Journal of Applied Psychology  1983,No.8 1-12
・ 小川和久 蓮花一己 長山泰久 「ハザード知覚の構造と機能に関する実証的研究, Japanese Journal of Applied Psychology  1993,No.18 37-54


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