早稲田大学石田研究室


タイムプレッシャー条件下における
掘削機作業中の周辺視パフォーマンスについて

田渕 剛


1.目的

建設業における労働災害が全産業に占める割合は、死傷災害では製造業(28.1%)に次いで2番目(25.1%)であるのに対し、死亡労働災害では36.7%と全産業の中で飛びぬけたものとなっている(平成12年)。これより、建設業での労働災害は、発生した場合に甚大な被害をもたらすことが分かる。建設業の中でも建設機械等によるものの災害は、死亡災害につながりやすく、さらに油圧シャベル等によるものがその約半数を占めている。
 建設現場では、工期の問題から急ぎ作業を強いられることが多く、それによる災害が多数報告されている。人間工学的にも、急ぎや焦りに関する研究がなされている。

・人間には焦燥反応、つまり焦りの心理というものが存在する。焦燥反応は、大脳生理の上では古い皮質の情緒反応の一つであり、その反応が強くなると冷静で論理的な新しい皮質の情報処理の精度を落としてしまう。このため安全配慮をスキップし、手順を省略し、慎重をまったく書いた操作を行ってしまう(黒田 1978)。
・ひとが「あわてた」ときには個人差や作業の質、タイムプレッシャーにもよるが、場面把握の機能や思考の統合の機能に多くの弱点が見られる(谷村 1995)。
・人間は焦りを感じると視野が狭くなる(池田 1986)。

これらの先行研究からも急ぎ行動が労働災害を誘発しやすいことが分かる。
 本研究では、掘削機作業中にタイムプレッシャー(TP)をかけることにより、人間の周辺視パフォーマンスにどのような変化が現れるのかを検証し、今後の労働災害対策に役立てることを目的とする。

2.実験

2.1 実験日時

2001年7月23(月)〜27(金)日の5日間

2.2 実験場所

独立行政法人産業安全研究所内のVR実験室(東京都清瀬市)

2.3 被験者

 掘削機操作未経験の20代の男性6名、平均年齢 21.3歳±1.0(うちコンタクトレンズ使用者 3名)

2.4 実験装置・器具

 掘削機シミュレーター
 ビデオカメラ(4台)
 ビデオテープ(DV12本 MDV12本)
 ビデオレコーダー(2台)
 ストップウォッチ
 ブザー
 三脚(4台)
 4分割ユニット
 モニター
 アイカメラ
 質問紙

2.5 実験装置の配置

実験装置の配置図
図1 実験装置の配置図

2.6 作業内容

産業安全研究所内の掘削機シミュレータープログラムを用いて、掘削作業(土を掘ってトラックの荷台に積む)を行う。また周辺視パフォーマンスについて測定するため、副次課題としてマーカー検出課題を課した。スクリーン上にランダムに黄色と赤色のマーカーを提示し、マーカーに気づいたらできるだけ早く対応するボタンを押すというものである。

2.7 実験手続き

2.7.1 習熟期間

操作の習熟を図るため、はじめの3日間を習熟するための期間とした。また、目的意識をもたせることで習熟のスピードが上がることを期待し、習熟期間の試行をゲーム形式で行わせることにした。内容は、5分間1セットの掘削作業を3日間で13セット行わせ、誰が一番多くトラックに土を積みこめるかを競わせるというものとした。手続きは以下の通りである。

1日目 シミュレーターの操作説明
     ゲーム内容の説明
     練習試行 5分×3セット(操作に慣れてもらうためのもので特別な課題を与えず掘削作業をさせた)
     掘削作業 5分×3セット(ゲーム形式)
2日目 掘削作業 5分×5セット(ゲーム形式)
3日目 掘削作業 5分×5セット(ゲーム形式)

2.7.2 本試行(TPなし)

実験4日目はTPなし条件での作業データを計測する日とした。被験者には、アイカメラを装着しての眼球運動測定の実験であるとだけ伝えた。掘削作業に関しては習熟期間の試行と同じであるが、それに加えて画面上に赤と黄色のマーカーをランダムに出現させ、色に対応したボタンを押させた。また、7回土を積みこむのにかかる時間を計測した(TPあり時での作業時間と比較するため)。被験者にはこちらが合図するまで作業を行わせた(これを3回行う)。手続きは以下の通りである。

4日目 作業内容の説明
     練習試行 5分
     アイカメラ装着
     通常時の眼球運動測定(作業をしていないときの眼球運動を測定した)
     本試行 3セット(合図があるまで作業をやらせるというのを3回行った)

2.7.3 本試行(TPあり)

実験5日目はTPあり条件での作業データを計測する日とした。タイムプレッシャーを与えるため以下のことを行った。
・ タイムを競うゲームとした。
・ ノルマタイム(作業終了までの制限時間)を与え、与えられた時間内に作業を終了させることを目的とさせた。またこのノルマタイムをクリアするとさらに制限時間が縮まるようにし、ノルマ達成がどんどん困難となるようにした。
 作業内容は、7回積みこみをするという作業を5セット行わせた。作業自体は前日のTP無し条件下と同一のものとし、アイカメラを装着してのマーカー検出作業も行わせた。ただし、1セット終了ごとに、焦りを感じたかなどのアンケートに答えてもらった。手続きは以下の通りである。

5日目 作業内容の説明
     練習試行 5分(自由操作)
     アイカメラ装着
     本試行 積みこみ7回×5セット

2.8 データの記録

 作業状態:ビデオカメラを用いて作業中の様子を撮影。
 作業時間:ストップウォッチで計測し、記録用紙に記録。
 アイカメラからの映像:MDVに録画。
 マーカーに対する反応:シミュレータープログラム内に記録。

3.結果

掘削作業に関しては、タイムプレッシャーをかけることにより作業時間は短縮したが、作業精度は落ちるという結果となった(図2 図3)。

条件別掘削作業時間
図2 条件別掘削作業時間

条件別作業ミス率
図3 条件別作業ミス率

マーカー検出反応に関しては、2つの項目で注目すべき結果が出た。1つは反応をマーカーの色別に分けてみた場合の黄色マーカーへの反応である。TPなしのときには検出ミス率が低かったが、TPありでは高くなり、焦りを感じたという試行のみを集めた結果ではさらに高くなった(図4)。

マーカーの色別平均ミス率
図4 マーカーの色別平均ミス率

もう1つは作業ミスが起こった前後のマーカー検出反応である。TPありでは、作業ミスの直前にマーカー検出ミス率が低くなるという結果となった(図5)。

作業ミス前後のマーカー検出ミス率
図5 作業ミス前後のマーカー検出ミス率

4.考察

掘削作業に関しては、タイムプレッシャーを与えることにより、作業を早く終了させることに気を取られ、作業に対する慎重さを欠いたものと考える。それにより、作業終了までの時間は短縮したが、作業精度が落ちる結果となったのだろう。

またマーカー検出反応の結果から、タイムプレッシャー条件下における周辺視パフォーマンスについて以下の2つの推論を立てた。
(1) タイムプレッシャー条件下では、視野が狭くなる。
(2) タイムプレッシャー条件下では、注意配分に関する判断が適切なものでなくなる。

(1)に関しては、図4に示した色別マーカーへの反応結果から推察した。正常色覚者でも周辺視の色覚は不完全なものであるということが知られている。また、色によって周辺視の色覚限界は異なり、黄色と赤色を比較した場合、黄色の方がより広い色覚限界を持っている。今回の結果ではタイムプレッシャー条件下では通常時に比べ、赤色マーカーの検出ミス率が下降したのに対し、黄色では上昇している。これは、タイムプレッシャーにより視野が黄色の色覚限界よりも狭くなり、それまで反応できていた黄色マーカーを認識することができなくなった結果であると考える。赤色マーカーの検出ミス率が下降したのは、視野が狭まった分、その範囲に対する注意力が増したためであると考える。

(2)に関しては、図5に示した作業ミス前後のマーカー検出反応結果から推察した。人が複数の作業を同時にする場合、どの作業にどれだけの注意を向けるかという判断が大切となる。この注意配分の振り分けを間違うとミスへとつながることが多い。今回、図5で示したとおりタイムプレッシャー条件下では作業ミスを起こす前に、マーカー検出ミス率が非常に高くなるという結果になった。これは、被験者がマーカー検出課題に対して、かなりの注意を向けていた結果であることが伺える。つまり、本来制限時間内に掘削作業を終了するために、通常時よりも多くの注意を掘削作業に向けなければならないにもかかわらず、実際には副次課題への注意が増し、掘削作業はミスを犯すという結果となった。このことより、タイムプレッシャー条件下では、注意配分に対する判断が狂ってしまうのではないかということが推測される。

5.まとめ

本研究では、タイムプレッシャー条件下において、視野が狭くなり、注意配分に対する判断が適切でなくなるという推論を立てた。今後これらのことに的を絞った研究を進めることで、結論としてこれらのことを立証できるのではないかと考える。

6.参考文献

1)池田謙一:認知科学選書9 緊急時の情報処理(1986)
2)感覚知覚心理学ハンドブック
3)黒田勲:ヒューマンファクターを探る〜災害ゼロへの道を求めて〜(1988)
4)建設の安全(2001)6 No374
5)谷村富男:ヒューマンエラーの分析と防止 日科技連(1995)
6)中央労働災害防止協会:安全衛生年鑑 平成11年度版
7)橋本邦衛:ヒューマンエラーと安全設計 人間工学17(4)(1981)
8)正田亘:ヒューマンエラー〜過誤は巨大化する〜 エイデル研究所(1995)
9)丸山欣也:適性・事故運転の心理学(1995)
10)三浦利章:行動と視覚的注意(1996)
11)労働調査会:イラストで見る 土木工事の災害事例と防止対策(2000)


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