早稲田大学石田研究室


問題解決場面時におけるヒューマンエラーのメカニズムに関する研究

石川 直希


1. はじめに

私たちの生活にはさまざまな技術や機械が存在している。現代では人間と機械・技術システムとの関係が昔のそれとは変わってきていて、科学技術の目覚しい発展によりこれらは高度に自動化されるようになってきたため人間は機械に対して直接的に働きかけるよりも間接的に制御、監視するような状況が増えてきている。このような技術の発展により機械のミスによる事故というのは昔に比べて大きく減り、機械が絡んだ事故というのも減少しているのだが、その反面人為的なミスによる事故というのが目立つようになってきている。機械の信頼性が非常に高いにもかかわらずそこに完全な存在ではない人間が介入しているというマン−マシンシステムの元では全体の信頼性が完全にはならないということになってしまっている。飛行機を例にとって見ても最近の事故の例は飛行機の欠陥よりは人間が原因といわれるような事故を目にするようになっている。よって人間がミスすることによるエラーすなわちヒューマンエラーをできる限りなくすことができればこの世に事故というのはほとんど起こらなくなるのではと考えられる。よってヒューマンエラーがなぜ、どのように、どのような状況で起こるかといったことを調べてヒューマンエラーの実態を明らかにすることがとても重要なことではないかと考える。

2. 実験の目的

ヒューマンエラーをとらえるために問題解決場面を設定して、そこで検出できるヒューマンエラーがどのような理由で起こったかを分析してヒューマンエラーのメカニズムを解明していくことを目的とした。本研究では結果としての失敗だけでなく、たとえ結果として成功した場合でもその過程に明らかな間違った考えや認識などが存在し失敗する可能性があった場合はそれもエラーとしてとらえて分析することでよりさまざまなエラーのパターンを探ろうと考えた。また本研究では思考の段階に起因するヒューマンエラーを主にとりあげ、この問題解決における認知過程モデルを作成し本実験で検出したヒューマンエラーを、認知過程モデルを使って説明、分析しようと試みた。

3. 先行研究と本研究の背景

先行研究では簡素化されたプラントシミュレータを用いて初心者が熟練していく過程での思考過程の変化を調べそれぞれのエラーとバイアスを分類して初心者と熟練者との比較を行っている。また先行研究では以下に示すような認知モデルを用いて被験者の認知過程を分析している。

認知モデル

検出・・異常が発生しシステム介入の認知
観察・・異常検出後状況観察、異常探索
同定・・観察から故障個所を特定
タスク決定・・どのような操作をするか決定
実行・・修理を実行
確認・・操作の正誤、成功失敗の判断
終了・・異常が終了

先行研究の結果としては「確認」の段階でエラーが最も多く検出されている。これは確認のエラーが最終的な不正解につながるためであると考えられる。本研究でも先行研究と同じプラントシミュレータを使用して実験を行うことにした。本研究では「同定」の時によりたくさん起こっているのではないかと考え、同定時のエラーを探り出すために同定の部分をさらに細かい過程に分けることにした。今回使用したプラントシミュレータはある個所に発生した故障を反応炉、蒸留塔、ポンプ等の状況を観察してそれらの情報から故障を特定するという推論を行う問題場面であるというふうに考えた。そして本実験では故障個所を特定する際に行うと思われる推論には2種類のパターンがあると考えた。1つ目が複数の情報を集めた後にこれらの情報とつじつまが合うような1つの結論を導き出すというような推論の方法である。このような推論の方法を本実験では帰納的推論と呼ぶこととした。2つ目がある推測した故障からプラント全体に起こりうる状況を想定するような推論の方法である。このような推論の方法を演繹的推論と呼ぶことにした。これらの名称は一般的な定義とは多少ずれているかんもあるが、本研究ではこのような定義の本で用いることとした。また推論を行う前に情報を自分にとって都合が良くなるように操作している段階があるのではないかと考えた。このような状態を情報の統合呼ぶことにした。そして先行研究の「同定」というのを状況の認識を行う段階という定義をすることにした。本研究では以下に示すような新たに改良したモデルを用いてエラーの分析を行うこととした。

改良モデル

ヒューマンエラーの分類はこれらの認知過程に基づいて、どの認知段階で起こったかを検出してどのようなエラーであるかをそれぞれ個々のエラーについて調べていくこととした。そうすることでより具体的にヒューマンエラーを分析できるのではないかと考えた。

4. 実験方法

被験者:男性5名(大学生)
場所:早稲田大学人間科学部520実験室(暗室)
日時:2001年11月
装置:パソコン、ディスプレイ、マウス、ビデオ、カメラ
内容:被験者にプラント監視オペレータになってもらい発生する故障をマウス操作により取り除いてもらう
実験刺激:プラントシミュレータは図のようになっていて、各ボタンをおすことにより画面から情報を収集できるようになっている。

プラントシミュレータ

スケジュール:1日30試行を3日間1度に発生させる故障数:1つあるいは2つ
故障の種類:ポンプの開固着、閉固着、配管のリーク
手続き:プラントシミュレータの説明を読んでもらい、その後よりプラントシミュレータを理解してもらうために具体的な故障例を示して実験者により5回その操作方法を見せ今度は被験者自身で5回操作してもらいながら制御の仕組みなどの説明や質問を受け付けた。そして発話を促す教示を与え本試行15回休憩後さらに15回行った。説明やトレーニングは1日目にのみ行いそれ以降は練習試行5回の後本試行を行った。
 実験の様子はビデオカメラで撮影しシミュレータ画面や被験者の思考過程を明らかにできるように被験者の発話を記録できるようにした。また操作データは自動的に記録できるようにした。

5. 結果と考察

5.1 データの整理

自動的に記録された操作データにプロトコルデータを加えた。そしてプロトコルと操作データから判断しそのときの認知内容を分類していった。

プロトコルデータの作成方法

5.2 認知内容の定義

検出:異常発生を認知したとき
状況の同定:状況を知覚、認識したとき
情報の統合:情報を組み合わせているとき
帰納的推論:ある故障を推論したとき
演繹的推論:故障からプラントの状態を推論したとき
タスク決定:故障を修理したとき
修理確認:修理した場所を確認したとき
終了:異常診断を終了したとき
以上のような定義で分類を行った。

5.3 本研究の認知過程モデル

本研究の認知過程モデル

このモデルは、このプラントシミュレータはこのような認知過程をたどって解決を行っているのではないかと考えて作ったものである。まず一般的な過程としては検出後さまざまな状況の同定を行い情報の収集を行う。そしてそれらを自分の都合に合うように情報を整理しそこから帰納的推論をしてそれを修理する。そしてそれがあってたかどうかを確認し、まだ故障があると思えば同定をしていないところを同定し、終ったと思えば終了するというようなパターンである。もうひとつの過程としてはある状況からすぐに故障を帰納的推論しその故障から演繹的推論して自分の仮説を検証するように他の状況の同定を行い仮説が正しいと思えばその故障の修理を行い、仮説が違うと思えば別の故障を推論しようとするというパターンである。

5.4 エラーの種類と内容と説明

本研究でのエラーは実際とは違う故障を修理したり、故障特定にいたる過程に誤りがあったりした場合にそれをエラーとしてチェックしてどの認知の部分でどんなプロトコルでどんな操作をしたかによってエラーを定義づけていった。判断基準が操作内容とプロトコルからであるため確実にいえるというものではないと思われるが大まかに5パターンのエラーを検出することができた。以下にそのエラーの認知過程モデルを示し説明することにする。

(1) 情報の統合失敗によるエラー

情報の統合失敗によるエラー

このエラーは非常によく見られるものでシステム理解が不足しているために起こるエラーであると思われる。簡単にいうと同定した状況と導いた推論とが矛盾した状態となっているために起こるエラーである。

(2)同定数不足によるエラー

同定数不足によるエラー

このエラーは1つの結論を出すには情報数が足りない状態で結論を出したために起こったエラーである。よってまだ知らない情報と矛盾が生じている場合がある。

(3)状況同定後情報統合をしないことによるエラー

状況同定後情報統合をしないことによるエラー

このエラーは情報統合に失敗に被験者が気づいていて推論ができないような場合に新たに同定した部分を即故障と断定してしまったというエラーである。

(4)状況の同定失敗によるエラー

状況の同定失敗によるエラー

このエラーは同定するのに失敗したことによるエラーである。見間違った事により間違った情報から推論を行ったために間違った結論に至ったというものである。

(5)確認不足によるエラー

確認不足によるエラー

このエラーは故障がまだ残っているにもかかわらず終了してしまったようなエラーである。まだ同定していない個所に故障の存在を知らせる情報があるがほかの同定した個所からはそれがわからないために起こると思われる。

5.5 考察

(1)(2)(3)のエラーをしてしまったにもかかわらず正しい結論に至った場合も結構あった。(1)のエラーの場合は統合に失敗しても一方の情報だけから判断して結論を出すために偶然的に正しい場合もある。(2)の場合は論理的には正しいために当然正しい結論にたどり着くことがある。(3)の場合も偶然的にその個所が故障しているということがあり得るために結果としては正しい結論に至る場合がある。どのエラー数においても経験を積むごとに全体的に減少傾向にあったが、1人1人のエラー数には大きなばらつきがあった。1日目の結果は特に大きく差が出て、ほとんどエラーを起こさない人と非常にエラーの多い人がいた。これはプラントシミュレータのシステムの理解度の差やその人の今までの経験というのが大きく関わっていると思われる。3日目は皆同じ様なやり方をするが1日目は皆それなりの解決方法が存在しているように思われた。(5)のエラーは1人の被験者のみに見られたエラーでその人独自の解決法が存在しているのを示しているように思われる。またエラーをほとんどしないような被験者に共通してみられた解決方法が1つ2つの情報から故障個所の推論を行ってその仮説を検証しながら他の状況を同定していくというようなものである。プロトコルからはそれを全部の試行でやっているとはいえないがある程度の試行においてこのようなやり方をしているのではないかと考えられる。このやり方は個々が故障していればこうなるということを知っていて初めてできる解決法であり、このようなやり方をすればほぼ正しい結論に至るのではないかと考えられる。被験者は無意識のうちにこうすれば失敗せずにすむというような方法を常に模索していると思われる。

6. まとめと課題

今回は実験前に理解不足による失敗を極力減らすためにプラントシミュレータに関する説明を詳しくやったがエラーを減らすような効果はあまりなかったようだったがどの被験者も最終的な故障修理成功にはほとんど到達していたために課題を成功させるということに限っては非常に効果があったようである。これは被験者が故障を直したという認識を得るまで試行錯誤を行った結果で、なぜかはわからなくても正常な状態と異常な状態というものだけは理解していたためにこのようなことが起こったと思われる。今回の研究で1番の問題がその人が何を考えてその操作を行ったかということをとらえることである。被験者にその時考えていることを発話してもらうように教示をしたが被験者はそういうことに慣れていないためにあまり発話が行われなかったり、被験者の発話は非常に表面的な発話しか行わないために実際に考えていることが何か分からないというようなことがたくさんあった。思考を言語化するというのは簡単そうに見えて非常に難しいということがよく分かった。良いプロトコルを取るには実験者がしゃべって欲しいことを明確に伝え、さらに多少の訓練が必要であるように思われる。また被験者がどれくらいこのプラントシミュレータを理解しているかがわかれば理解度とヒューマンエラーとの関係が分析できるのではないかと思われる。同時に被験者ごとの解決方法というのが分かれば解決方法とヒューマンエラーの関係というのも調べることができるのではないかと考える。これはなんらかのテストを行うことが良いと思われる。

7. 参考文献

・高橋 明子:現実場面におけるバイアスとヒューマンエラーに関する研究 2000年度早稲田大学卒業論文
・市川 伸一編:認知心理学4 思考 東京大学出版
・村上 康友:人間の思考過程におけるバイアスとヒューマンエラーに関する研究 1999年度早稲田大学卒業論文


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